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「自然と共存する不便と幸せを」 元南極越冬隊長が考える、SDGs達成に必要な〝価値観の転換″

今回の有識者インタビューは、長岡技術科学大学で学長を務める東信彦先生です。 雪氷学を専門とする東先生は、南極越冬隊長として極寒の地での越冬を経験。調査基地の建設や、気候変動の実態を把握するデータの採取といった研究活動をされてきました。自然の厳しさや環境破壊の深刻さについて知りつくした先生に、SDGs達成にむけて必要なことをうかがいました。

東先生
東 信彦先生

長年の夢が叶い、2回の南極越冬を経験

――東先生が南極で研究を始めようとしたきっかけは何でしょうか?

小さいころから雪や氷に興味があったのですが、日本人として最初の越冬事業をなしとげた西堀栄三郎の日記『南極越冬記』(岩波新書)を高校時代に読んだのが大きなきっかけです。生々しく書かれた南極観測の実態に興味を持ち、実践的な科学者の勇気に強く感銘を受けました。その後、地球科学の研究の道に進もうと考えて北海道大学に進学しました。また、南極の調査隊には北海道大学山岳部の出身者が多かったので、山岳部に入部すれば南極に行けると思い山登りに明け暮れていました。

――夢に向かって突き進んでいたのですね。実際に南極に行くことになった経緯は?

山岳部に入ったからといって、南極に行けるわけではありませんでした(笑)。北海道大学工学部応用物理学科を卒業後、同大学で南極の氷について研究を進め、アメリカでの研究員生活を経て、南極氷床掘削のプロジェクトに声をかけてもらいました。南極大陸に初上陸したのは34歳の時なので、志してから約20年かかりました。

――ついに念願が叶ったのですね。南極ではどのような活動をされたのですか?

最初の越冬では掘削機開発の準備を進めました。有名な昭和基地は南極海沿岸にあり、40人ほどが滞在しているのですが、私が滞在したあすか基地は大陸雪原上に位置し、毎日地吹雪が吹く厳しい環境です。そこで8人という少人数で越冬しました。その6年後、南極での新たな調査基地「ドームふじ」建設計画に参加し、掘削プロジェクトの実行責任者として2回目の越冬を経験しました。

ドームふじ基地での建設作業の様子。
極度な低温のためソリが滑らず、高地で酸素が薄いので、呼吸も苦しい
掘削作業の様子

――南極での生活はどのようなものなのですか?

2回目の越冬では基地を作るところから始めたので、ほとんど毎日肉体労働で忙しかったです。なにせ-50、60℃のなか穴を掘って、掘削場を作りますから、へとへとになります。そんな生活で唯一の楽しみはなんといっても食事ですね。隊員の調理師が、冷凍した野菜や肉を使い、おいしい料理を作ってくれます。

――肉体労働の後のごちそうは格別でしょう。一方で、気持ちが沈むこともあったのですか?

4月中旬から8月中旬までは太陽が出ないので、精神的に不安定になり、隊員同士の喧嘩も絶えませんでした。だから、久しぶりに地平線から太陽が顔を出すときは、みんな我先に屋根の上や観測塔に登ったりしていました。太陽の力は本当に偉大です。

基地の国旗の前で越冬開始宣言
野外でドラム缶風呂を楽しむ隊員

過酷な自然環境で感じた、パートナーシップの重要性

――一般人の想像を超える過酷な環境ですが、東先生が南極に惹きつけられるのはなぜでしょうか。

やっぱり、自然の中で人間本来の幸せを体感できる場所だからだと思いますね。人類は自然を支配し、文明を発展させることで便利な世の中を築き上げてきました。しかし、南極の圧倒的な自然の前では人間は本当にちっぽけな存在です。お金がたくさんあっても、モノをたくさん持っていても役には立ちません。だからこそ、何が幸せなのかじっくり見つめ直すことができます。私は人と人とのつながりに幸せを感じると気付きました。

――どのような場面で人と人のつながりを感じたのですか?

24時間、あらゆる場面です。水を調達するだけでも、雪を融かさなければならないし、その燃料を補給するのも体力を使う。社会から隔絶された不便な土地だからこそ、おのずと一緒に暮らす人と協力し合い、仲良く楽しく過ごせるよう工夫を重ねました。大事な時だけでなく、全員で雪原の上でスポーツしたり、ドラム缶で露天風呂を作ったり、誕生日を祝ったりした時にも、絆を強く感じましたね。

――南極ではさまざまな国が研究を進めていますが、研究者同士のつながりはありますか?

はい、もちろんです。太陽の昇らない極夜期に、ミッドウィンターという、飲んで歌ってどんちゃん騒ぎするお祭りがあります。各国が設置した基地同士が、衛星経由の電話やFAX、無線でお祝いします。他者との協力なしでは生きていけない自然環境の厳しさが、国籍を超えたパートナーシップを生み出すんですね。SDGsのゴール17(パートナーシップで目標を達成しよう)にも記されている通りです。

極寒のミッドウィンターでのソフトボール。
この時、気温は-70℃だったそうです
ミッドウィンターを祝う手紙やFAX。各国の基地同士で送り合います

優先順位が高いのは、地球環境の保全に関わるゴール

――東先生の専門分野について、教えてください。

南極やグリーンランドの氷を分析して、昔の地球の気候・環境変動を調べることです。そして今の温暖化によって流れ出す氷の量やそのスピードを正確に把握することで、海面上昇のスピードを予測します。

――なぜ氷を分析すると気候変動が分かるのですか?

南極では、100万年ほど途切れることなく雪が積もり続けています。雪が積もる時に入った空気やチリ、ゴミを分析することで、積もった当時から現在までの気候・環境変動が分かるのです。地球は10万年の周期で、温暖化と寒冷化を繰り返しています。同様にCO₂濃度も増減しているのですが、現在の地球のCO₂濃度は、人間活動の影響により、過去何十万年の中でも突出した異常な数値になっていると言えます。

採掘で採取された氷コア(氷のサンプル)
雪洞の中で氷コアの電気伝導度を測定している東先生

――やはり現状は厳しいのですね…。SDGsの17のゴールの中で優先順位が高いものはどれですか。

SDGsのゴールのなかで特に重要なのは、ゴール13(気候変動に具体的な対策を)、ゴール14(海の豊かさを守ろう)、ゴール15(陸の豊かさも守ろう)です。現在、地球の気候変動は大変危うい状態になっています。まずは持続可能な自然環境に戻さないと、他のゴールの達成はあり得ません。それを前提にして、経済活動やインフラの整備などのゴールがあると考えています。

――挙げていただいた3つのゴールを達成するのに必要なことは何でしょうか?

「幸せの価値観」を転換することだと思います。これまでは、自然を支配して、利便性を高めることで幸せを感じるような、欧米的な価値観で文明が発展してきました。これからは、自然との調和を重んじるアジア的な発想がSDGs達成のキーとなるでしょう。自動車はこの先自動運転化するでしょうが、車ばかり乗って本当に幸せでしょうか。私はそう思いません。元気な人は歩いたり、自転車に乗ったりして体を動かした方が充実するはずです。たとえ以前よりは不便だとしても、自然と共存し、人とのつながりを感じられることが幸せだと人々が気付けば、SDGsの達成に近づくと思います。

――私たち一人ひとりが自分の幸せを見つめ直す必要がありますね。貴重なお話、ありがとうございました。

<プロフィール>

東 信彦(あずま のぶひこ)先生

工学博士。長岡技術科学大学学長。1986年に北海道大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士課程修了後、ニューヨーク州立大学バッファロー校地球科学科研究員、北海道大学工学部助手を経て1988年から1990年にかけて第30次日本南極地域観測隊に参加。1994年から1996年には第36次日本南極地域観測隊ドームふじ越冬隊長として参加。 1990年に長岡技術科学大学工学部助教授、2001年に工学部教授、2013年に理事・副学長を経て、2015年から現職。専門は雪氷学。