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私たちの暮らしをも揺るがす? 生物多様性の危機

地球上の生物たちは、38億年もの長い年月の中で、さまざまな環境に適応して進化を遂げてきました。そうして生まれた複雑で多様な生態系のことを「生物多様性」といいます。SDGsのゴール14「海の豊かさを守ろう」および15「陸の豊かさも守ろう」においても、生物多様性やその価値の持続的な利用について触れています。生物多様性を守ることは、人間にとってどのような意味があるのでしょうか。危機に瀕した生物多様性の今とこれからを考えます。

生物多様性――それは、地球に息づく生命のつながり

現在まで世界で発見された生物の種類は約175万種。未発見のものを含めると、地球上に棲む生物の総種数は約3,000万種にのぼると考えられています。
(出展|環境省「平成25年版 環境・循環型社会・生物多様性白書」)
これら全ての生命は、直接・間接的にかかわり合い、バランスを保ちながら存在しています。生産者である植物や、消費者である草食・肉食動物たち、分解者としての役割を持つ微生物や菌類、そしてそれらの生物を取り囲む水・土・大気・光といった自然環境。生態系を構成するもののうち、どれか一つでも欠けてしまうと、保たれていたバランスは崩れてしまうのです。

生物多様性とは、そうした自然環境そのものや、そこに棲む生物たちのつながりを総合的に指す概念のこと。単に「さまざまな種の動植物が生きていること」だけを表すわけではありません。一般的には、「生態系(場)の多様性」「種の多様性」「遺伝子の多様性」といった3つのレベルで多様性があるとされています。

【生態系(場)の多様性】
森林、河川、里地里山、熱帯雨林、砂漠、湿原、サンゴ礁など、さまざまなタイプの環境があること。

【種の多様性】
哺乳類や昆虫などの動物や植物から、細菌などの微生物にいたるまで、いろいろな生物が存在すること。

【遺伝子の多様性】
同じ種の生物の中に、形や模様、生態など、遺伝子による違いがあること。

では、人間と生物多様性の間には、どのような関係性があるのでしょうか。

生物多様性の恩恵を受けて生きる私たち

街にはビルや住宅が建ち並び、コンビニでは24時間いつでも食料が手に入ります。インターネットは、もはや日常生活に欠かせないものとなりました。急速に発展を遂げた現代社会においては、自然とのつながりは希薄で、自分が生きる世界は人間だけの力で作られたと錯覚しがちです。しかし、私たちが地球に生きる一つの種である以上、他の生物とのかかわり合いなしには生きていくことはできません。都会でどんなに便利な生活を送っていても、必ず生物多様性の恩恵を受けています。

人間に恩恵をもたらす生物多様性の機能は「生態系サービス」と呼ばれ、4つに分類されます。

【供給サービス】
水、食料、燃料や繊維などの原材料、薬品など、人間の生活に重要な資源を供給している。例えば、日々の食事は、農業生態系や海洋生態系の多様性に大きく依存している。

【調整サービス】
大気や気候の調整、暴風・洪水被害の緩和、水質浄化など、環境を制御する機能。例えば森林には、大雨が降っても水量を調節して洪水や土砂崩れを防ぐ「緑のダム」としての機能が備わっている。

【文化的サービス】
レクリエーションや観光の場、信仰の対象としてなど、非物質的な利益を提供している。地域固有の文化や宗教は、その場所の生態系に支えられていることが多い。

【基盤サービス】
供給・調整・文化的サービスの提供を支えるもの。光合成による酸素の生成、土壌形成、栄養循環、水循環など、全ての生命活動を支える物質とエネルギーが生まれる仕組みそのものを指す。

これらの生態系サービスの経済価値は、地球全体で年間33兆ドルにも及ぶともいわれています。それだけ有益なものを自然は与えてくれているのです。
(出典|地球環境戦略研究機関「空間的な生態系サービスの評価」)
生物多様性は、食料や薬品などの生物資源の供給元というだけではなく、人間を含む全ての生物が生存していくためのライフサポートシステムとしても重要だとわかります。

産業・社会の発展によって、人間の生活が脅かされる?

38億年をかけて形成されてきた生物多様性が失われつつある現代。ほとんどが人間の営みによって引き起こされている生物多様性の危機は、影響の及び方によって4つに分類されます。

【第1の危機―直接的な人間活動による危機】
採鉱、インフラの整備、市街地化などにより森林伐採や河川改修といった開発が進んだことで、自然環境は劇的に変化し、多くの生物の生息地が消失・劣化・分断されている。また乱獲による個体数の減少も大きな問題に。人やモノの移動が活発化し始めた1600年代以降、確認されただけでも700種以上の動物が絶滅したと考えられている。
(出展|WWF「絶滅とは?その歴史と現在」)

【第2の危機―自然への働きかけ減少による危機】
里地里山は、都市域と原生的自然との中間に位置する、人間の働きかけを通じて環境が形成されてきた地域。日本では、少子高齢化による人口減少や都市部への人口流出によって、里地里山の手入れ不足が深刻化している。人と共存してきた自然環境に人の手が入らなくなり、かえって生物多様性のバランスが崩れかけている。

【第3の危機―人間が持ち込んだものによる危機】
外来種や化学物質など、本来その地域には存在しなかったものを意図的・非意図的に人間が持ち込むことで、さまざまな問題が発生している。近年日本では、ペットブームを背景とした野生生物の密輸が後を絶たない。さらに、微生物やウイルスなどの病原体も、特定の地域から別の地域へ広がる侵略的外来生物となり得る。新型コロナウイルスも同様に、人や媒介動物の移動によって病原体が拡散し、感染拡大につながった。

【第4の危機―地球環境の変化による危機】
地球温暖化・気候変動による気温・海水温の上昇が原因で、多くの動物が生きる場所を追われている。ホッキョクグマの減少や、日本近海で起きているサンゴの白化現象など、影響は計り知れない。

4つの危機は、それぞれが複雑に絡み合っています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、「21世紀中及びその後において予測される気候変動下で、特に生息地の改変、乱獲、汚染及び侵入生物種といった他のストレス要因と気候変動が相互作用する場合には、陸域及び淡水域両方の多くの生物種が、絶滅リスクの増大に直面する」と警鐘を鳴らしています。
(出典|IPCC「気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書」)

人間は経済の発展や利便性を追い求め、地球の資源を消費してきました。しかしその活動は野生動植物に悪影響を与えるばかりか、自分たちの首を絞めることにもつながっているのです。このままでは、私たちの生活を支える生態系サービスも不安定になっていくでしょう。

危機を脱することはできるのか? 生物多様性を守る取り組み

近年、環境問題に対する意識の高まりから、生物多様性の重要性が広く知られるようになりました。保全のために、さまざまな対策がとられています。

1992年、環境の悪化や生態系の破壊を阻止する包括的な枠組みについて国連で議論され、「生物多様性条約」が採択、翌1993年に発効されました。この条約は、生物多様性の保全をはじめ、さまざまな自然資源の持続可能な利用を目的に締結されたものです。2年ごとに締約国会議が開催され、新たな目標の設定、各国の協力体制の確認が行われています。2018年時点で、日本を含めた194か国と、EU、パレスチナが締結しています(アメリカは未締結)。
(出展|外務省「生物多様性条約」)

また欧州委員会は、2020年、生物多様性の損失をくい止めるための「欧州生物多様性戦略(EUバイオダイバーシティーストラテジー)」を採択。生態系の再生、生息地や種の健全化、有機農業の拡充などを盛り込んだ拘束力のある目標設定が提案されました。さらに、陸・海の30%以上を保護管理下に置き、農地の10%以上で生物多様性を取り戻すための具体的な方策も示しています。年間200億ユーロ(日本円で約2兆5000億円)の資金を投じ、2030年までの目標達成を目指すとしています。

地球規模の問題として多くの国々が危機感を共有する一方、地方自治体レベルで生物多様性の保全に力を入れているところもあります。埼玉県戸田市では、自然の多面的な機能を回復させ潤いのある都市環境の実現を目指す「水と緑のネットワーク形成プロジェクト」を発足。河川の再生事業やビオトープの整備、休耕田を利用した在来種の育成など、地域全体で緑地・水域の創出に取り組み、多種多様な生物と人が共存する街づくりを行っています。2016年に公表された「生物多様性に優れた自治体ランキング」で1位になるなど、一定の評価を得ています。
(出典|三菱UFJリサーチ&コンサルティング「生物多様性に優れた自治体ランキング」)

地球温暖化や気候変動など地球規模の環境問題は、対岸の火事のように思いがち。「環境に負荷がかかる」と分かっていても、毎日を快適に、便利に過ごすため、使い捨ての製品をたくさん消費してしまう場面があるのではないでしょうか。そうした無意識の行動が身近な生態系に影を落とし、ひいては私たちの生活にも悪影響が及ぶ可能性があるのです。地球に住む全ての生物が安定した生態系サービスを享受できるよう、国、企業、地域、企業、個人といったさまざまなレベルで問題を捉え直し、具体的な対策を講じることが必要です。

<参考>
環境省
環境省 みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性
環境省 自然の恵みの価値を計る
EICネット 環境用語集
埼玉県戸田市