SDGsゼミリポート | サステイナブルな未来を多様な視点で探求する

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SDGs達成に向けて必要な教育とは?ウスビ・サコ学長はかく語りき。

なるほど!

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京都精華大学の学長を務めるウスビ・サコ先生は、2018年4月の就任と同時に「ダイバーシティ推進宣言」を策定。学内の制度改革を皮切りに、これまでにない学習プログラムの創設などを通して、人間の多様さに触れる機会を学内の様々な場面で設けています。新型コロナウイルス感染症の拡大で世界が激変する中、「サステイナビリティ」という言葉がどのような意味を持つのか。次世代を担う若者はどのようなマインドを持つべきなのか。「SDGsと教育」という切り口で、お話を聞きました。

持続可能性について考えることを「日常化・身体化」させる

――2020年4月に始動した新学習指導要領にESD(Education for Sustainable Development:持続可能な開発のための教育)が明記されたことをはじめ、教育におけるSDGsの存在感が大きくなっています。SDGsを取り入れる際に、教育現場ではどのようなことを心掛けるべきなのですか?

若者がSDGs達成に取り組むうえで大切な点が2つあります。まず、なぜSDGsが登場したのかを考えること。そして、地球規模で考えるということです。別の言い方をすると、SDGsが現代に必要とされる理由を理解させ、主体的に動きたくなる原動力を生み出すことが教育に求められています。 しかし、教育者たちはSDGsに取り組まなければならないという義務感に駆り立てられているように感じます。17のゴールという表面的なお題目に意識が向き、SDGsについて考え、行動することによってもたらされる可能性が若者に伝わっていないのではないでしょうか。

では、教育者はどのように働きかけるべきか。答えは簡単です。考えるだけではなく、行動を必ず伴わせるのです。現在のSDGs教育は往々にして学校の中で考えることに終始しがちです。そうではなく、どんなに小さなことでも、実際に行動してみる。そして、子どもたちが学外でもSDGsを自然と意識するようなマインドセットを培うことが肝要です。学校で気づいたことを家に帰って実践するだけで、SDGs達成に繋がります。食べ残しを減らすことや節電といった、ささいな取り組みでも構いません。小さな行動を積み重ねることでSDGsが「日常化・身体化」していくでしょう。自らの経験を通して、子どもたちはSDGsの意味を実感できるのです。

――SDGsは教育にどのような変化をもたらすのでしょうか?

SDGsは「誰一人取り残さない(leave no one behind)」と謳っています。これは、「自分ばかりがいい思いをすることを許さない」という意味と同義だと私は考えています。私たちの日常生活への向き合い方が問われているのです。そういった点でも、身近なところから行動してみる習慣を身につけることが、SDGsの本質的な意義の理解につながります。これこそが真に「持続可能な教育」なのです。決して17のゴールだけを考えることではありません。

別の見方をしてみるとSDGsはこれまでの教育を見直す絶好のチャンスでもあります。「持続可能性を実現するために、本当に必要なことは何か」を考えるきっかけと力を身につけさせることができるからです。どうも日本には、「開発途上国に対して何かを施さねばならない」という考え方が根付いているように感じます。しかし、途上国に何かを提供するのではなく、まず自分たちの行動を変えることに主眼を置くべきなのです。他者に働きかけ、他者を変えるのではなく、自身を変えることが持続可能な世界の実現への第一歩となります。SDGsはその起点となり得るのです。SDGsの本質を理解すれば、日常の行動の一つひとつが世界と繋がります、他者に対する思いやりが、身の回りだけではなく、地球規模にまで広がっていく。私が理想とするのは「自分の行動が世界を変える」という意識を醸成する教育です。

若者こそが持続可能な未来の主人公

――日本の教育者は義務感に駆り立てられ、SDGsに取り組んでいるというお話がありました。では、若者たちはどのようにSDGsを受け止めているのでしょうか?

日本と他国を比較すると、SDGsの捉え方には大きな差があります。この差は教育の捉え方の違いに由来します。日本では「教育を受ける義務がある」という意識が根付いているのに対して、他国では「教育を受ける権利は自ら勝ち取るもの」という考え方が基盤にある。教育を受けることが義務であるが故に、日本人の多くは「SDGs達成に取り組む必要はあるのか?」という疑問を抱くこともなく、先生に言われたから何となく取り組んでいる印象です。どうしてSDGsが必要なのか。2030年までに目標を達成するためには、なぜSDGsが今求められるのかを考え、若者の意識改革に注力せねばなりません。

――SDGsの達成目標年である2030年、そしてさらにその先の「ポストSDGs時代」について、私たちはどのように考えるべきでしょうか?

2030年のSDGs達成及びその先の「ポストSDGs時代」について考えるのは、若者であるべきだと思います。私たちのような、2030年には一線を退いているであろう人たちが、自らのエゴを投影して未来を考えることをいい加減やめるべきです。私たちが若者を先導するのではなく、子どもたちの考えを尊重し、サポートする側に回る必要があります。なぜなら、現在の解決策が10年、20年後に通用するとは限らないから。そして何より、その時に社会を動かしているのは今の若者たちだからです。だからこそ、未来に対して責任を持って考えさせる教育体制を整える必要があるのです。その意味で、世界規模で学生たちが起こした地球環境に関するデモ行動は、一過性のムーブメントだと軽んじられるべきではありません。2030年に社会の主人公となっている若者たちに、環境を改善するための行動を起こすチャンスを与えるのと同時に、彼らの思いを尊重していかなければなりません。私たち大人は、彼らが未来の地球を創造する「提案者」になるのを心から願うべきなのです。

SDGs達成の近道は「意識」させること

――学長を務めておられる京都精華大学では、どのような教育・取り組みを通して「持続可能性」を考えるマインドを培っているのでしょうか?

本学の教育の根底には、「いかに社会的格差を地球上からなくすか」という基本理念があります。この基本理念に基づき、「ダイバーシティ(多様性)」をキーワードに教育を展開しています。多様性を受け入れる寛容さこそが、誰一人取り残さない世界を実現すると考えるからです。

SDGsができる以前から、SDGsの達成に資する教育を行ってきました。私が学長に就任した時、初めに行ったのは原点を見つめ直すことでした。開学時の基本理念に立ち戻り、持続可能な世界の実現に対する取り組みを明確化していったのです。現在は、若い人たちを世界へと送り出し、また世界の人たちを呼び込むことで、社会課題の解決に貢献できる人材を数多く輩出しています。一例を挙げると、アフリカやインドネシアに学生を連れて行き、ホームステイをさせていました。狙いは、その国に対する気づきや新たな発見をしてもらい、意識を芽生えさせることにあります。そこに自分という人間の再発見があり、新たな出会いを通して、自分自身をアップデートしていくのです。そのような経験を積んだ学生たちが社会に出た時、何らかの形でホームステイした国に恩返しをしてほしいと思っています。

ニューノーマルと持続可能な社会

――新型コロナウイルス感染症の拡大により、世界は大きな岐路に立たされています。ニューノーマルの時代において、持続可能性を実現するためにはどのような考えが必要でしょうか?

世界中の人々の意識が持続可能性に向き始めた矢先に、新型コロナウイルスの感染拡大が起こりました。これを機にデジタルトランスフォーメーションが起こるなど、社会は大きく姿を変えています。「ニューノーマル」という言葉が日常的に使われていますが、日本と他国のニューノーマルの解釈にはズレがあります。日本では生活様式のみを考えた、「新生活」と解釈している人が多いのではないでしょうか。世界では生活様式だけにとどまらず、物事の考え方を根本から問い直す「新常識」と解釈している国が多いのです。新生活と解釈するのは間違っていると私は思います。

まずは「ノーマル」とは何なのかを改めて考え直す必要があります。新型コロナウイルス感染症拡大前の私たちの行動はノーマルだったのでしょうか?以前の生活をノーマルと捉えてしまい、ニューノーマルでもその思考・行動様式への回帰を目指してしまうと、待っているのは「持続不可能な世界」です。新型コロナウイルス感染症の拡大は、これまでの自分たちの思考・行動を見直す良い機会です。世界中の人々が様々な活動をストップさせたことで、地球上の空気や水が浄化されたという事実を受け止めなければなりません。自分たちの行動がいかに地球に悪影響を与えているのかを考え直すきっかけになるはずです。

ニューノーマルとは、旧時代の問題点を明らかにし、そこから脱却することで確立される持続可能な新たな思考・行動様式のことなのです。新常識によって今まで気づかなかったことを意識し、どれほどの持続可能な社会への達成に近づくのかということを改めて考えていく必要があります。これからの社会に求められるのは、アフターコロナ、SDGs、そしてさらにその先を見据えたニューノーマルを構築する意識改革を若者たちと共に実現することなのです。

――これまでの私たちの日常を根本的に見つめ直し、自分自身の行動を変化させていく必要があるのですね。貴重なお話、ありがとうございました。

<プロフィール>

ウスビ・サコ先生

京都精華大学学長。マリ共和国で生まれ、中国・北京語言大学、南京東南大学を経て来日。2001年に京都精華大学 人文学部教員、2013年に人文学部教授・学部長を経て、2018年より現職。バンバラ語、英語、フランス語、中国語、関西弁を操るマルチリンガル。『空間人類学』をテーマに、学生とともに京都のコミュニティの変容を調査したり、マリの共同住宅のライフスタイルを探るなど、国や地域によって異なる環境やコミュニティと空間のリアルな関係を研究。暮らしの身近な視点から、多様な価値観を認めあう社会のありかたを提唱している。