日本テレビ系列のニュース番組『NEWS ZERO』の元メインキャスターとして知られ、番組開始以前は大蔵省(現財務省)や環境省、地方自治体といった行政機関で活躍してきた村尾信尚氏。長年さまざまな立場から社会の変化を見つめてきた同氏は、日本や世界の行く末を案じ、自身の考えを高校生に広く語りかける活動を続けている。未来を担う若者に何を伝え、どのように生きることを願うのか。熱い思いを語っていただいた。
よりよい未来のために
闘うべき相手は「無関心」
大蔵省から三重県に出向していた時、後の人生や考え方に大きな影響を与える出来事を経験しました。当時、職員によるカラ出張問題が取り沙汰され、総務部長だった私は批判の矢面に立たされました。問題を調査する中で、政治や行政の運営においては透明性の確保と説明責任を十分に果たすことが不可欠であると痛感したのです。また、大蔵省に戻ってからは予算編成や国債発行の業務に携わりました。国は目先の問題に対処しようと国債を発行。膨れ上がる財政赤字に未来への危機感も増していくばかり。将来世代に“ツケ”を残さないために、納税者目線の改革で現状を抜本的に変えなければいけないと感じました。
そんな思いで役人をやる傍ら、これまでとは異なるアプローチから問題に向き合おうと市民団体を設立しました。市民と意見交換を重ねるうち、重要な点に気づきます。それは、自分が闘うべき相手は既得権益側の人間ではなく、「無関心の人」であるということでした。そうした考えの下、役人を辞し、数年間活動を続けていた時、『NEWSZERO』が始まり、メインキャスターを担当しないかと声がかかりました。
役人時代に抱いた問題意識を発端として、これまでさまざまな活動に取り組んできました。自分の軸にあるのは、市民、特に若者世代の無関心を取り払いたいという強い思いです。日本や世界の未来をよりよくするには、将来を担う若者が問題を主体的に考えなければならない。そのために、まずは若者に届く言葉で現状を伝えることが重要だと考えています。
山積する課題によって
未来が奪われないように
皆さんは、世の中を確実に変えられる「2つの券」をご存知でしょうか。1つは、選挙で国民の代表者や政党を選ぶための投票用紙。そしてもう1つは日本銀行券、すなわちお金です。私たちは消費を通して社会的課題の解決に寄与する企業を選択することができます。
これまで私たちは、欲求のままに資源を費やし、国債という名の借金を増やしてきました。その結果、現在の日本の姿は「持続可能な社会」から大きくかけ離れたものとなっています。「財政赤字」「少子高齢化」「地球温暖化」などの山積する問題をこのまま放置すると、代償は今の若者世代に降りかかることになるでしょう。今こそ私たちは、投票と消費によってこの国を変えていかねばなりません。権力を有しているのは政治家でも企業でもなく、私たち有権者であり、消費者なのです。
現在私は日本各地の高校を訪ね、「全国どこでも村尾塾」を開催しています。中央省庁やキャスター時代の経験を踏まえ、私たちが置かれている状況や持続可能な社会の構築のためにすべきことを、高校生に直接語りかけています。社会的課題を自分事として捉え、議論を深めてほしい。声を上げ行動を起こしてほしい。日本の高校生から、第二のグレタ・トゥンベリさんを輩出したいのです。
価値観が再構築される時代に
人々が忘れてはならない心
2008年に起こり、世界中の人々の心をすさませ利己的に変えていったリーマンショック。その様子は、後に第二次世界大戦につながった1929年の世界恐慌を想起させました。私は『NEWS ZERO』を通して、「寛容性」を持たねば歴史は繰り返されると人々に警告を発しました。また、2011年に東日本大震災が発生してからは、取材で何度も被災地に足を運びました。被害を目の当たりにしてこの世の無常を感じると同時に、無常な世界を生きていくには「人とのつながり」が欠かせないと気づいた出来事でした。
「寛容性」や「人とのつながり」は、世界規模の課題を解決に導くキーワードでもあります。それはSDGsが目指す「インクルーシブ= 包摂的」な社会において欠かせない、他者を思い受け入れる姿勢といえるでしょう。その重要性は、SDGsの意味や1から17までのゴールを表面的に知るだけでは理解しきれません。若者一人ひとりが寛容な心、他者を思いやる心を持ち未来のために力強く行動できるように、SDGsの真の価値に気づかせる教育が必要です。例えば福島の生徒たちが「自然災害で味わった不安」などの自身の体験を切り口にエネルギー問題を考えると、単なる知識ではない、問題の本質に迫る力を育んでいけるでしょう。
SDGsが国連で採択され世界の共通認識となり、その考え方が社会に浸透しつつある中で、私は17のゴールそれぞれが何らかの犠牲の上に成り立つとも考えています。この先必ず、「人類の繁栄をとるか地球環境をとるか」といった究極の選択を迫られる時がやってくるでしょう。私たちは、今後どのような道を進むべきか考えなければならない局面にさしかかっているのです。若者世代が強い意志を持って議論を深め、持続可能な社会を創造していくことを願ってやみません。
出張講義密着レポート
FUTABA FUTURE SCHOOL / 2020.02.26
福島県立ふたば未来学園高等学校
*東日本大震災後、教育復興の柱として福島県双葉郡に開校した中高一貫校
若者に未来を考えるきっかけを与えようと、村尾氏が取り組み始めた「全国どこでも村尾塾(以下、村尾塾)」。高校生に日本や世界の現状を伝える出張講義だ。2020年2月26日、福島県立ふたば未来学園高等学校で村尾塾が開催された。『NEWSZERO』のキャスター時代から福島で取材を重ねてきた村尾氏が、高校生に語りかけることとは。当日の様子をレポートする。
被災地・福島の高校生は
何を思うのか
「今日はよろしくお願いします」。講義は生徒のあいさつから始まった。ふたば未来学園では、原子力災害からの復興をテーマに据えた「未来創造探究」という授業を展開している。今回村尾塾に参加した12名の生徒たちは、授業内のさまざまな活動で得た経験を基に、2 0 2 0 年度にアメリカニューヨークの国連本部でスピーチを行う予定だ※。今日はその内容を発表したうえで、村尾氏と意見交換を行う。
東日本大震災発生当時に小学2年生だった生徒たちは、発表の冒頭、避難生活を振り返りながら、活動を始めた背景を説明した。「震災は、良くも悪くも人生のターニングポイントになりました。避難所の生活は不自由で、放射線に対する不安も消えないまま。転校先では偏見の目で見られ、地獄のような日々でした。ただ、震災は命の尊さや地域の人々の温かさを改めて知るきっかけにもなりました」
彼らは当時の様子を語り継げる最も若い世代だ。今ある幸せが当たり前ではないと身をもって体験した。その学びを広く人々に伝えていきたいと考えている。活動を通して見えてきたのは、福島県外と県内、また県内においても地域間で“災害と復興”に対する意識の差があるという事実だ。生徒たちはその差を縮めようと、震災を題材とする展覧会や県外の人を対象にした被災地を巡るバスツアーなどを実施してきた。
さらに、福島にとどまらず世界全体に目を向けると、日本と世界に共通する課題も発見できたという。それは、環境問題と感染症問題、そして教育問題だ。世界規模の問題を解決に導くために自分たちは何ができるのか。糸口は、世界の人々がどのように自国の問題に対峙しているのかを知ることにある。国連本部での発表の際※、多様な話を聞いて得たものを日本に持ち帰り、周囲に広めていくことが大切なのではないかと考えている。
辛い体験をしたからこそ
伝えられること
生徒たちが発表を終えた後、村尾氏から多くのアドバイスがあった。
「本番は英語でスピーチをするんだよね。決して難しい単語や表現は必要ないよ。ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんは、『One book and one pen can change the world.』と世界に訴えた。こんなに簡単な言葉で人々の心を揺さぶったんだ」
また、生徒たちの提言がより伝わるように、原発事故の影響や避難生活の辛さ、震災後の風評被害などの実体験を軸にして、「環境」「感染症」「教育」の3つを関連づけながら話してはどうかと提案した。
「放射線が地域の環境を壊したことで、地球環境を守る重要性を知った。原発事故の影響で理不尽な扱いを受けた経験は、感染症に罹患した人も同様の苦しみを味わっていると気づくきっかけになった。その偏見は教育の力によって取り除くことができる――と運んでいけば、オリジナリティのある内容になるんじゃないかな。辛い思いをした君たちだからこそ、世界に訴えることができるはずだ」
続けて、「寛容な心や自分とは違った人を受け入れる姿勢が、さまざまな問題を解決に導く鍵になる。お互いに関心を持つことが心のバリアをなくす第一歩だと思うんだよね」と、長年抱き続けている思いをそっと語りかけた。
高校生の心を揺さぶった
言葉の数々
12名の生徒たちは終始真剣な表情で村尾氏の言葉に耳を傾け、一言も聞き逃すまいとメモを取っていた。講義が終盤にさしかかり質疑応答の時間が設けられると、次々と手が挙がる。ある生徒は、同じ福島の高校生にさえ自分たちの心の傷を理解してもらえないことに悩んでいるという。
「難しい問題だ。僕も同じような経験を何度もしたが、『相手の理解を得られないのは自分の伝え方が悪い』と思うようにしている。例えば漫画や童話を通してメッセージを発信するなど、相手に合わせて表現を工夫する努力が必要」
自分の活動が福島や世界の課題解決に結び付くのかと不安を口にする生徒に対しては、「できると信じないとだめだよ。1つの成功の裏には100以上の失敗があるものだ。諦めずに立ち向かってほしい」とアドバイスを送った。積極的に自分の思いを発言する生徒たちからは、確かな自信が感じられるようになった。村尾塾は生徒たちに変化をもたらしたようだ。
未来を主体的に考え議論するきっかけを高校生に与えるという目的は果たされた。今後も若者に言葉を届けるため、村尾氏はこの活動に心血を注ぎ続ける。
※ 新型コロナウイルスの影響で渡航はできなくなったが、別の方法で発信を続けていくことになっている。
<プロフィール>
村尾 信尚先生
関西学院大学 教授
1978年一橋大学経済学部卒業後、大蔵省に入省。三重県総務部長、大蔵省主計局主計官、環境省総合環境政策局総務課長などを経て2 0 0 2 年に退官。2003年から関西学院大学教授。2006年からは日本テレビ系列『NEWS Z E R O 』のメインキャスターを12年間務めた。現在は「全国どこでも村尾塾」を開講し、高校生に向けてメッセージを発信し続けている。
掲載紙
今回の記事は、東洋経済新報社と株式会社WAVE/WAVE・SDGs研究室が制作した「東洋経済ACADEMIC SDGsに取り組む小・中・高校特集」に掲載されています。
東洋経済ACADEMIC SDGsに取り組む小・中・高校特集 初等・中等教育におけるSDGs・ESDの実践
SDGsが国連サミットで採択されて5年が経過した今、国や企業だけでなく一般消費者にもその動きは広まっている。そんな中、2030年のSDGsの目標達成に向けて教育の果たす役割が認知され始めている。日本では2020年に本格始動を迎える新学習指導要領にもSDGs、そしてESDの必要性が明記され、特徴をいかした独自の取り組みが日本各地の学校で実行され始めている。SDGs達成に向けたムーブメントに、新たに加わった初等・中等教育の今に迫る。