DXやAIが活躍するのは、研究などの限られた分野だけではない。私たちの身近な暮らしに生まれる、新たな価値に迫る。
オンラインで始動した新たな学びの拠点
SDGs未来都市である長崎県の離島、対馬市に2020年開講した「対馬グローカル大学」。キャンパスを持たず、オンラインで島内外の受講生を有する新たな学びの場だ。域外連携(※)で対馬にゆかりのある研究者が講義を行う。受講資格は、対馬市民、出身者、過去の居住者、調査目的で来島した経験のある人など。実施内容は、配信形式の「Web講義」、Zoomを用いた毎月の「オンラインゼミ」。さらに「仮想研究室」と位置付けたSlackは、受講生と教授、あるいは受講生同士の交流の場となっている。
設立当初から大学運営に携わる、島おこし協働隊学生研究員の高田陽氏は、対馬の地理的な事情とオンラインの親和性についてこう語る。「移動の負担がなくなることで島内の住民はもちろん全国から多数参加してくれました。対馬は南北に82㎞もある島なので、対面で行う講義は移動時間が大きなネックになります。オンラインで行うことで、離れた集落の住民同士の交流も活発になりました」。PC機器の操作という高齢の住民にとって大きなハードルは、高田氏自ら使い方の講義を開くなど丁寧な対応で越えてきた。
開講から1年、対馬に吹いた新しい風は、多くの課題解決のきっかけとなった。オンラインゼミでは、対馬の環境保全のため取り組むべき課題を掘り起こし、グローカルの意識を広げた。一例を挙げれば、空き家の増加問題を解決するため、受講生がビジネスゼミの学びを生かし、空き家のサブリースビジネスを起業した。
受講がきっかけで対馬へのIターン移住も生まれている。ある移住者は、事前に島民と仮想研究室で関係性を構築できていたため、不安はなかったという。
また、島内の高校生向けに開かれたゼミでは、「対馬の課題に対して大人になった自分ができること」をテーマに講義を行った。高田氏は「課題解決のためのアクションプランを考えることで、自らの将来や学問の意義を問い直すきっかけとなる。島外に進学しても、卒業後にいつか対馬に戻ってくる人が一人でも多くなれば」と語った。
※地域と大学の連携による地域づくり
受け継がれる思いと未来
対馬グローカル大学は、単なる生涯教育の場にとどまらずSDGsを考える土台形成の一助となっている。高田氏は今後の展望をこう語る。「大学での学びの中で、受講者自身が対馬の課題解決の担い手として、アクションを起こせる人材へと育ってほしい。この先、卒業生が運営に関わることで、やがて地域づくりや環境問題の解決につながっていくでしょう」。いつまでも暮らし続けられる地域づくりへの、大きな一歩がここにあった。
掲載紙
今回のインタビューは、東洋経済新報社と株式会社WAVEが制作した「東洋経済ACADEMIC 次代の教育・研究モデル特集 Vol.1」に掲載されています。
東洋経済ACADEMIC 次代の教育・研究モデル特集 Vol.1未来社会を担うDX・AI その真価を解き明かす
東洋経済ACADEMICシリーズから【DX・AI】に関する書籍が発刊。
Sociaty5.0で示される日本社会の未来を実現するために、社会課題解決に資する人材育成、研究が現在ほど求められている時代はない。今日、ウィズコロナ時代に向けて、DX推進・AI活用は、産業界のみならず、教育界の先進分野として世界の注目を集めている。文部科学省をはじめとする各省庁の動きからも、データサイエンス教育やデジタルとフィジカル融合型の研究手法への支援は力強く展開中である。本誌では、教育・研究の場におけるDX推進・AI活用を実現する多様な事例を紹介し、それらを加速・推進する次世代教育・研究モデルの核心に迫る。