DXやAIが活躍するのは、研究などの限られた分野だけではない。私たちの身近な暮らしに生まれる、新たな価値に迫る。
全員留学を目指しいつでもどこでも学べる環境を
全員留学を目指しいつでもどこでも学べる環境をグローバル人材の育成が急務とされる現代社会において、千葉大学では「学部・大学院生の全員留学」を宣言し、千葉大学グローバル人材育成プラン“ENGINE”を掲げている。そして、その一翼を担うICTを活用した教育システムが「スマートラーニング」だ。もともと国際教育に限らず幅広い分野での学習サポートを目的としており、リアルタイムのオンライン授業、メディア授業、さらには高度なチュートリアルをミックスした授業スタイルで、いつでもどこでも学べる環境を提供してきた。2020年度からENGINEプランが始動した際には、留学への障壁をなくすため、留学中でも必修科目を学べるようスマートラーニングを発展。グローバル教育をきっかけに学習環境が多様化したのだ。
このように、いち早く教育のDXに取り組んでいたことで、コロナ禍においても千葉大学の動きは早かった。コロナ禍以前は授業の積極的なオンラインメディア化に二の足を踏む大学も多かった中、千葉大学はスマートラーニングの科目を100科目以上に増やすという計画を進めていたため、すべての授業のオンライン化へとスムーズに対応することができた。オンライン授業を展開するうちに、自然災害によるサーバーダウンというリスクも明らかになったため、クラウド化も進めるなど引き続き柔軟に対応していく構えだ。
スマートラーニングが生きる環境とは
千葉大学で全学のグローバル・プログラムの推進を担当する渡邉誠理事は、学びの中でもスマートラーニングに適した部分や、対面授業のほうが望ましい部分が、コロナ禍を経て改めて明確になったと語る。「語学においては、プレゼンテーションやディスカッションを行うスピーキングの授業は、やはり対面のほうがタイムラグのない意思疎通ができます。オンライン授業の座学で知識を学び、対面授業で実践するという両輪で、アフターコロナの時代においても学習の最適化に貢献できるでしょう」また、メディア授業の配信は予習で大きな効果を発揮するという。「今までは事前に予習内容を提示しても、学生の意欲により理解度に差がありました。メディアコンテンツは通学時にも気軽に視聴できるため、予習に取り組みやすく理解度の底上げが図れます」
より効果的なCOIL型授業を展開
新しい海外留学の形としてコロナ禍をきっかけに脚光を浴びたのがCOIL型授業(ICTを活用し、国内にいながら海外大学の学生と協働学習を行う教育)だ。千葉大学ではスマートラーニングと同様、コロナ禍以前からCOILを用いたプログラムを推進していた。「COILを使用した日米ユニーク・プログラム」では、米国でしか学べない授業を日本で、日本でしか学べない授業を米国でも受講でき、日米双方の学生の交流を促進できる。千葉大学では、COIL型授業のさらなる発展を目指して、スマートラーニングを結合させた「Smart COIL」を実施している。これまでの講義型の授業も行いつつ、双方向学習やディスカッションなどの学生が相互に学びあうアクティブラーニングを取り入れ、新しい学習方式を展開していく。
時間や距離を「圧縮」し学びを深く、広く
ENGINEプランでは最短2週間からの留学プログラムが用意されているが、スマートラーニングを掛け合わせることでより密度の高い留学が可能になるだろう。具体的には、スマートラーニングを用いて充実した事前学習を行えば、留学の効果を高められると渡邉理事は考える。「あらかじめ留学先の情報を得たり、知識を習得したりできれば、留学環境へスムーズに移行し、1日目からより多くのことを吸収できるでしょう。実際の留学期間は2週間でも、実質1カ月ほどの効果を期待できるようになるかもしれません。このようにDXにより学びを効率化し、時間を圧縮できるのは留学に限らず、あらゆる分野に当てはまります。例えば、デザイン史の授業ではポストモダンまでの必須カリキュラムをメディア授業で扱い、実際の授業ではこれまで時間が足りず教えられなかった近現代の内容に触れることで、授業をアップデートしていけます」
時間だけでなく物理的な距離の制約を乗り越えられることもDXの大きなメリットだ。現在千葉大学は世界各国の大学と積極的にオンラインプログラムを実施している。なかでも、これまで距離や治安、衛生面などの理由から留学が難しかったアフリカや南米などの大学との交流が可能になった。「留学に行くハードルが高い国々のプログラムに関しては、アフターコロナになっても教養の授業として残していくつもりです。例えば、大学間交流協定を結ぶパナマ工科大学とのオンラインプログラムには、学生約20人が参加するなど人気も高いことがうかがえます。ジャングルなど今まで見たことがない世界を日本にいながら感じられるので、学びの幅は大きく広がるでしょう」
また、千葉大学は東京都墨田区にサテライトキャンパスを開設。距離の制約による学生の負担を減らすため、メインキャンパスで行われる授業の遠隔配信を推進している。
アフターコロナにおける留学について、渡邉理事は次世代を担う若者に次のように期待を寄せる。「今後もますます教育のDXが進むでしょう。若者にはデジタルのメリットを駆使し、楽しく効率的に学んでほしい。例えば、メディアコンテンツを2倍速で2回視聴することで、これまでと同じ時間でより理解を深められるかもしれません。デジタルネイティブ世代の柔軟な頭で、ぜひ自分なりの創意工夫をしてみてください」
掲載紙
今回のインタビューは、東洋経済新報社と株式会社WAVEが制作した「東洋経済ACADEMIC 次代の教育・研究モデル特集 Vol.1」に掲載されています。
東洋経済ACADEMIC 次代の教育・研究モデル特集 Vol.1未来社会を担うDX・AI その真価を解き明かす
東洋経済ACADEMICシリーズから【DX・AI】に関する書籍が発刊。
Sociaty5.0で示される日本社会の未来を実現するために、社会課題解決に資する人材育成、研究が現在ほど求められている時代はない。今日、ウィズコロナ時代に向けて、DX推進・AI活用は、産業界のみならず、教育界の先進分野として世界の注目を集めている。文部科学省をはじめとする各省庁の動きからも、データサイエンス教育やデジタルとフィジカル融合型の研究手法への支援は力強く展開中である。本誌では、教育・研究の場におけるDX推進・AI活用を実現する多様な事例を紹介し、それらを加速・推進する次世代教育・研究モデルの核心に迫る。