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器を繕い、心を癒やす。サステイナブルを楽しむ金継ぎのススメ

割れたり欠けたりした食器を漆でつなぎ、金を施して仕上げる「金継ぎ」。最近では、コロナ禍のおうち時間を使ってできる趣味としても注目されました。古くから伝承される金継ぎが、なぜ今、私たちに刺さるのか。「直したいほど大切にしている食器がない」と思っている人も、ただ修理するという以上の金継ぎの魅力を知れば、きっと興味がわいてくるはずです。

日本人の暮らしの中で発展した金継ぎ

金継ぎは、器の割れや欠けを漆で繕い、仕上げに金粉を施して美しく修復する技法です。漆とはウルシノキという木から採れる樹液のことで、強力な接着力があり、乾燥すると高い撥水性を持ちます。この特徴を活かして、金継ぎの他にも寺社仏閣の装飾や、和食に欠かせない漆器(漆塗りの器)など、日本では古くからさまざまな用途で重宝されてきました。

東京都東村山市の下宅部遺跡で出土した土器などから、漆を使ったモノの修繕の歴史は縄文時代にさかのぼることが分かっています。壊れた部分を直すだけでなくそこに美を見出す価値観が生まれたのは、茶の湯文化が流行した室町時代。中国から輸入された高価な茶器の破損を美しく修復するために、漆でつないだ上から金などの金属粉を施して装飾するようになったそうです。

金継ぎでは、器の割れや欠けの形をそのまま活かして修繕します。偶然できた割れの曲線や欠けた形などを、世界にただ一つの再現性のない美しさと捉えているからです。修繕した部分は「景色」と呼ばれます。割れた器の中に新しい景色をつくることで、割れる前にはなかった価値を持たせ、器を楽しみ続ける。こうした考え方こそが金継ぎの魅力です。

西欧にも、ドイツのマイセン、イギリスのウェッジウッドなど世界に誇る磁器の名窯があります。特にイギリスでは、17世紀半ば頃から王侯貴族の間でティーパーティー文化が流行。これを彩る華麗な器を楽しむ文化も育まれました。しかし、金継ぎのような食器の修繕技術は西欧には見られません。確かに、壊れた部分を隠さずに化粧を施して美しく見せる金継ぎは、西欧の「均整美」とは少しかけ離れているように感じられます。金継ぎは、不完全さを慈しむわび・さびの美意識や「もったいない」の精神が根付く日本人の文化が育んだ芸術の一つだといえるでしょう。

金継ぎは心の傷も修復する?

金継ぎ作家や、ワークショップなどで金継ぎを体験した人の多くは、金継ぎをする時間に一種の癒しやマインドフルネスの効果があると感じています。純粋なウルシノキの樹液だけを使用した本漆での金継ぎは、ある程度の手間や時間がかかるもの。割れ目にやすりをかけたり、欠けた部分に漆を少しずつ重ねては乾かし、また重ねる作業を繰り返したりする中で、長い時間、器の傷と向き合うことに。雑事を忘れてゆっくりと傷を繕う行為に、心の疲れや傷を癒す効果があるのかもしれません。仏教の世界の写経や座禅に似た構造のようにも感じます。

愛着や心のセラピー効果の点からは、できることなら自分の手で繕うのが一番でしょう。しかし、それができない場合はプロの職人に依頼するのも一手。人に直してもらうといっても、お直しに出すまでには器と向き合う機会がいくつもあります。割れた食器を丁寧に包んで郵送したり、工房まで持ち込んで装飾の金属粉の色を相談したり。きっとその中で、器を大切に想う気持ちを再確認することでしょう。依頼した後も、どんな新しい景色が見られるか心待ちにするはず。大量生産・大量消費の時代に、壊れたものを繕って使い続ける選択をすること自体に心地良さを感じることと思います。

また、「壊れたら金継ぎで直す」ことを前提にすれば、日常使いの器選びに対する感覚も変わり、値の張る作家作品やブランド食器も手に取って楽しめるようになると筆者は考えます。金継ぎは食器の価値を高めますが、元の器の美しさや芸術性が高いほど素敵な景色が生まれるでしょう。金継ぎをきっかけに器を楽しむ文化が浸透すれば、陶芸作品の価値への理解も深まるはずです。金継ぎ自体も漆芸という芸術のひとつですが、これが陶芸という芸術の保護や発展に寄与し、より多くの人が文化・芸術を楽しむ未来につながればと期待します。

筆者のお気に入りの器たち。壊れても金継ぎをして長く愛でたい大切な器です。

コロナ禍を機に認知度が急上昇!

コロナ禍によるおうち時間の増加で、家の中でできる趣味が注目を集めるようになった近年。金継ぎもそのひとつです。

本漆金継ぎの教室や修理受付、簡易キット販売などのサービスを展開するkNotPerfect株式会社(2021年7月2日付で「株式会社つぐつぐ」に社名変更)は、2019年10月と2021年5月に金継ぎ認知度調査を実施。2つの年で調査対象は若干異なりますが、2021年の調査で「金継ぎを知っている」と回答した人の割合は約56%で、2019年から約15%増加していることがわかりました(出典|おうち時間増加とSDGsの高まりで「金継ぎ」の認知度50%超え!全国金継ぎ認知度調査2021の結果を大公開! )。室町時代から受け継がれてきた工芸が、わずか1年半で急激に知られるようになったとは驚きです。

この認知度急上昇の背景にはSDGsの機運の高まりがあったとみて間違いないでしょう。壊れたものをすぐに廃棄せず、繕って大切に使い続ける金継ぎは、Goal12「つくる責任 つかう責任」と関連しています。SDGsが社会に浸透し、多くの人の中にぼんやりとでも大量生産・大量消費の経済システムを見直そうという思いがあったからこそ、金継ぎが今このタイミングで注目を浴びたと考えられます。

今こそ金継ぎをやってみよう

先に紹介した全国金継ぎ認知度調査2021では、金継ぎを知っていて、かつ金継ぎをしたこと(または金継ぎ修理依頼をしたこと)がある人は回答者全体のたった1.7%だったと発表されています。しかし、自分で金継ぎをすることに魅力を感じている人は約84%、実際にやってみたいと答えた人は約34%もいました。外出制限で気軽に人と会えなくなったり、仕事のスタイルの変化を余儀なくされたりと、当たり前だった日常を一変させた新型コロナウイルス。社会全体が終わりの見えない大きな不安で包まれた今だからこそ、普段の生活で感じる不安や葛藤から距離をとり、心の状態をリセットできる金継ぎに魅力を感じる人が増えたのではないでしょうか。

日本の伝統工芸で、しかも高価な素材である金を使うことから、ハードルが高く感じている方もいるかもしれません。ですが今はブームの甲斐もあって、初心者向けのキットやワークショップなども多数展開されています。食器を永く大切に使えるのはもちろん、心に安らかで静寂なひとときをもたらす金継ぎ。まずは一度チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

<参考>