広島大学の研究室では、SDGsの達成に貢献するさまざまな知が日夜生まれています。読めば必ずためになる、こんなに魅力的な研究を知らないなんて、もったいない!
今回は、人と水を取り巻く環境について特集。 地球の表面積の約7割を占める海や河川、湖に、人間はどのような影響を与えうるのでしょうか。美しい「水の惑星」を守るための研究を紹介します。
Hint1
排水処理を世界中に
普及の鍵は微生物
大橋 昌良教授
おおはし あきよし/大学院先進理工系科学研究科 社会基盤環境工学プログラムに所属。環境保全工学研究室において、微生物を用いた排水の処理技術に関する研究を行う。DHS (Down-flow Hanging Sponge)リアクター研究の第一人者。
多額の費用がかかる水環境保全
汚れた水をきれいに処理して自然に返す排水処理施設。実は、日本をはじめとした多くの先進国では、微生物がその役割を担います。「活性汚泥法」と呼ばれるこの方法。微生物任せのため一見省エネにも思えますが、実際には多くのエネルギーを消費します。活性汚泥法には酸素を必要とする「好気性微生物」が用いられますが、タンクの底の微生物に酸素を送るためには、莫大な電力で送気ポンプを作動させなければなりません。また、この微生物は処理能力に加えて繁殖力も非常に高く、有機物を分解するほど爆発的に増殖します。タンク内の微生物の量を一定に保つためにも、さらなるエネルギーが必要になります。このように、好気性微生物という処理の担い手は実に多大な費用を要求するのです。このコストが原因で、ほとんどの発展途上国では、排水処理施設が導入されない状況が今も続いています。
2つの微生物のハイブリッドで新たな処理システムを
この問題を解決するため、私は新しいシステムの研究開発に取り組んできました。現在開発に成功しているのは、「UASB法」と「DHSリアクター」の併用システム。UASB法では、「嫌気性微生物」という、酸素なしでも活動できる微生物を利用します。この微生物には送気ポンプが必要なく、繁殖力も低いため、コストを抑えられはするものの、処理品質に問題が残りました。そのフォローのために開発したのが「DHSリアクター」。UASB法で処理した水を好気性微生物が入ったスポンジに流し込み、よりきれいにする仕組みです。常に空気と接しているのでこちらにも送気ポンプは要らず、ある程度処理した水が流れ込むため、微生物の増殖も軽減できます。2014年にインドで我々が実用化に成功して以来、このシステムは活性汚泥法の問題点を解決する新技術として、先進国にも広まり始めています。研究は現在発展段階に移行中。今までは処理不可能だった成分に関する研究を行っています。処理技術の幅を広げ、環境へ与える影響をさらに詳細に制御することを目指します。
Hint2
生態系を豊にする
自然界の小さな功労者
小原 静夏助教
おはら しずか/大学院統合生命科学研究科 生物資源科学プログラムに所属。人為起源の化学物質が植物プランクトンの量や種形成に及ぼす影響を研究している。
植物プランクトンが海や河川を左右
無機物から有機物を生み出す生産者として生態系を支えている植物プランクトン。海や河川に生息するこの小さな生物と人間は、密接に関わっているのです。例えば、植物プランクトンが急増する「赤潮」は、窒素やリンなどの栄養塩を多量に含む生活排水や工業排水が、河川を通して一気に海へ流れ込むこと(富栄養化)が起こす現象。増えること自体は問題ないのですが、魚のエラにつまったり、エラに触れて有害な物質を発生させたりして、海の生態系を害します。逆に、植物プランクトンの数が減りすぎると漁獲量の低下につながることも。赤潮を防ぐための排水規制の強化などにより、栄養塩の量が減少(貧栄養化)したり、排水中の化学物質が植物プランクトンの成長を阻害したりすることが原因と考えられています。
環境に優しい化学製品開発のきっかけに
陸での人間の活動は、海の生態系と切っても切り離せない関係にあります。特に瀬戸内海のような陸域に囲まれた海は、排水が沿岸にとどまりやすく、陸からの影響を大きく受けます。水産資源を守るためには、排水が海に与える影響を深く理解し、海が今どのような状況にあるかを常に把握することが必要です。私は瀬戸内海の生態系を豊かにするため、人間が陸上で利用した化学物質が植物プランクトンに与える影響について研究しています。現在の研究結果では、陸上植物を枯らす化学物質である除草剤の影響は特に大きく、低濃度でも植物プランクトンの増殖率を半減させてしまうことが分かっています。しかし、化学物質を利用した製品は人間社会に無くてはならないもの。有害だからと言って、今すぐに利用を止めることはできません。研究を進め、化学物質と植物プランクトンの関係性を解明することで、環境に優しい製品を選ぶ指針や、生態系に配慮した製品開発のきっかけをつくりたいと考えています。
掲載紙
今回の記事は、広島大学広報誌「HU-plus」vol.18に掲載されています。
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