広島大学の研究室では、SDGsの達成に貢献するさまざまな知が日夜生まれています。読めば必ずためになる、こんなに魅力的な研究を知らないなんて、もったいない!
今回は、私たちの生活に活用されている油脂や栄養元素について特集。豊かな自然を守り、地球温暖化を止めるための研究をご紹介します。
Hint5
微生物の恵みを最大限に生かし産業に役立てる
秋 庸裕教授
あき つねひろ/大学院統合生命科学研究科 生物工学プログラム所属。有用油脂を生産する微生物について、産業界への応用展開に関する研究を行う。
発酵が私たちにもたらす恵み
人類は古くから微生物の力を生活の中に取り込んできました。パンやヨーグルトなどの発酵食品はその代表例です。他にもあらゆる場面で人々を支えていますが、実は、そこで活用されているのはごく一部の限られた種類だけ。自然界に存在する微生物のうち、現在活用できているものはわずか1%にも満たないと言われています。応用微生物学では、そんな微生物の中から人類にとって有用なものを探し、利用法を研究しています。
微生物が生成する油に関する研究は、第二次世界大戦の頃から積極的に取り組まれています。高い生理活性を示す「DHA(ドコサヘキサエン酸)」や強力な抗酸化作用を持つ「アスタキサンチン」など、さまざまな成分が含まれる微生物油を活用し、高い機能を持つ健康食品や化粧品などが開発されてきました。さらに近年では燃料としての研究も進んでおり、可能性に満ちた油として注目が高まっています。
二酸化炭素を原料に油を作る
有用な油を生み出す微生物の中で、私は「オーランチオキトリウム」に着目しています。この微生物が作る油には、DHAやアスタキサンチンなどの成分の他にも、化学品や燃料の原料となるものなど、多彩な産業分野で役立つ成分が含まれています。限られたスペースで生産できる上、必要な原料は主に糖類なので、安定供給が可能です。ただ、その糖類のコストの高さがネックとなり、これまで活用されることはありませんでした。
この問題に対し、私は二酸化炭素と水素から酢酸を生成する「アセトバクテリウム」という微生物を新たに導入。異なる微生物による2段階の発酵を行うことで、生産効率を向上する方法を開発しました。この方法は大量の二酸化炭素を資源として有効活用できるため、カーボンリサイクルに寄与する技術としても革新的です。現在は中国電力と協力し、広島県大崎上島町の大崎クールジェン発電試験施設が排出する二酸化炭素を実験原料として実用化を進めています。今後も幅広い分野の企業と積極的に連携し、微生物の力を最大限に引き出していきたいです。
Hint6
土壌の豊かさを守る栄養循環型社会の実現を
石田 卓也助教
いしだ たくや/大学院先進理工系科学研究科 理工学融合プログラムに所属。生物地球化学を専門としており、野外調査や安定同位体比手法、化学分析を用いてリンについて研究を進めている。
リンの河川流出を抑える「冬水田んぼ」
リンは全ての生物の成長に必要不可欠な栄養元素で、DNAや細胞膜に含まれています。地球上のリンの多くは生物が利用しにくい形態で存在しているため、人間は鉱石からリンを生産し、食料生産のための化学肥料などに利用しています。過剰な生産は地球上で循環しているリンの総量を増加させ、富栄養化による湖沼の赤潮やアオコを引き起こすなど、環境に悪影響を及ぼします。そのため、リンの動きを明らかにし、コントロールすることは、持続可能な社会を実現するためにとても重要なのです。
日本では、主に農地からリンが河川に流れ出し、水質悪化に影響を及ぼしています。農家が取り組める現実的な対策を模索するため、私は滋賀県の地域住民の方々と協力して「冬水田んぼ」について研究しました。通常、冬季は乾田となっている田んぼに水を張っておくことで、土壌の還元化が進み、翌春に施肥する際にリンが土壌に吸収されやすくなる、すなわち河川へ流出しにくくなることが明らかになりました。冬水田んぼは、豊かな土壌を保持し、水質改善に貢献する環境保全型農業として期待されます。
小さな地域の活動が地球規模の課題解決に
現在は農地土壌から溶出した栄養が地下水に与える影響について、広島県大崎下島で研究しています。継続的に化学肥料を与えてきた土壌では、保持できなくなった過剰なリンが河川や地下水へ流れ出ます。陸から海に流れた過剰な栄養分は生態系のバランスを乱すため、陸と海の間に健全な栄養循環を実現することが大切です。
持続可能な社会を作るためには、冬水田んぼをはじめとする地域の地道な取り組みが必要になるでしょう。ただし、全農家が冬水田んぼを実践すべきというわけではなく、周辺環境や労力などさまざまな条件を考慮した上で多数の選択肢から地球にやさしい方法を選んでほしいと考えています。SDGs という枠組みは、小さな地域の活動が地球規模の課題解決につながるという実感を与え、アクションを起こすサポートをしてくれていると感じます。農家ではない私たちも、食料を無駄にしない、肥料に過度に頼らない農家を応援するなど身近なアクションからリン循環の健全化に貢献してみませんか。
掲載紙
今回の記事は、広島大学広報誌「HU-plus」vol.20に掲載されています。
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