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『グッド・アンセスター』訳者が語る未来世代との連携”種を超えた祖先を思うことは未来世代を思うこと”【後編】

目先の利益に捕らわれる「短期思考」に支配され、長期的課題や未来に配慮した行動を起こせない。このような事象は、依存症から気候変動問題まで枚挙にいとまがありません。一方で、持続可能な世界を後世へ引き継ぐために、未来世代をステークホルダーに含めて物事を決定する動きが生まれています。『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』という書籍は、現状に警鐘を鳴らし、長期思考への転換の必要性を主張しています。まだ見ぬ未来世代といかにして連帯するのか、日本語翻訳を務めた現代仏教僧・松本紹圭氏に話を伺いました。

現代仏教僧・松本 紹圭氏
現代仏教僧。インド商科大学院(ISB)にてMBA取得。「世界経済フォーラム(ダボス会議)」Young Global Leader(2013年~)およびGlobal Future Council Member(2019)。

「今」をつくりあげたのは、人類だけではない

本書を翻訳し、日本で発刊したことをきっかけに、グッド・アンセスターや長期思考についてさまざまな人と思考を巡らせてきました。その中で新たに芽生えたアイデアは、人間中心主義からの脱却です。

「人新世」という言葉の裏には、「人間が地球の歴史を定めた時代」というような、人間中心主義的な思考が張り付いているように感じます。しかし、過去から受け継ぐ恵みは、種を超えた先人たちによって生み出されてきたもので、人間の存在だけでは手にしえなかった産物です。また、どれだけ科学技術が発展しても、人知の及ばない領域は数多くあります。本当に人類は支配的な地位にあると言えるのでしょうか? よき祖先となるには、「私たちはアンコントロールな世界を生きている」という出発点に立つことが大切でしょう。

東洋から「ベター・アンセスター」をめざす

“good”という言葉から“bad”という言葉が想起されるように、私たちは物事を二分して認知してしまいがちです。こうした二項対立思考に陥ってしまうと、社会が分断され、新たに争いの種を生む恐れがあります。人類がSDGsという1つの目標に向かって団結する妨げにもなりかねません。

仏教では、あらゆるものが縁起(関係性)を持ち、世界は関係性で成り立っているため、 good/badと二項対立的に判断できるものではないと考えます。これは、「無分別智」という概念です。一方で、言葉は名付けによって世界を分別する機能を持ち、それ自体が「分別的」な存在。言葉で「分別」を超えていくのは難しいため、実践が重要になります。例えば、掃除。生活を整え、よき習慣を身に付ける仏道の実践と捉え、お坊さんはお寺の掃除を毎日行います。そこに競争はなく、掃除方法に正解などはありません。「今日はここまで」と区切りをつけるしかなく、明確な終わりもありません。つまり「こうせねばならない」という考え方から離れる要素を秘めているのです。

東洋の思想には人間中心主義や二項対立思考から脱却するためのヒントが詰まっています。人生を精一杯生きながら、気張らず、ベターな行動に取り組み、「ベター・アンセスター」をめざす。これらのアイデアは、「グッド・アンセスター」という概念にも新たな視点をもたらすはずです。

グッド・アンセスターとしての、SDGsへの向き合い方

SDGsと聞くと、遠い存在に感じる人もいると思います。ひょっとすると、現代人が未来世代にツケを残していると、SDGsに対して義務感を覚えてしまう人も若い世代にはいるかもしれません。

そんな方に対しても、グッド・アンセスターというアイデアは有効だと考えています。「未来世代にとっては現代人が祖先だ」と思うと、まだ生まれてきていない未来世代を身近な存在に感じ、自分との確かなつながりを意識することができます。

ここでもう一つ伝えたいことは、“Life is Good”という言葉です。これは、台湾のデジタル担当政務委員であるオードリー・タン氏のアイデアからも影響を受けた考え方です。

私たちは、未来世代にとっての祖先ですが、それと同時に、祖先が「幸せに生きてほしい」と願いをかけた未来世代でもあります。その思いに応えるように、まずはここに生きていることを“good”と肯定すればいいのではないでしょうか。そして、祖先たちが私たちの幸せを願ったと思えば、私たちは未来世代のことをどうでもいいとは思えません。節約や我慢を強いる方向ではなく、「次世代のために何かしてあげたい」と気持ちよく行動できるようになると思います。この姿勢は、SDGsを遠くに感じたり、義務感を覚えたりしてしまう方、特に若い世代に知ってほしいと思います。

『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』

ローマン・クルツナリック 著/ 松本紹圭 訳/あすなろ書房
短期思考に支配された現代社会に警鐘を鳴らし、長期思考への転換の必要性を主張する。豊富な具体例を通して長期思考の6つの方法を説き、未来世代にとって私たちが「よき祖先」となる道を示す。

掲載紙

今回のインタビューは、東洋経済新報社と株式会社WAVEが制作した「東洋経済ACADEMIC SDGsに取り組む大学特集 Vol.4」に掲載されています。

東洋経済ACADEMIC SDGsに取り組む大学特集 Vol.4「行動の10年」の新たなステージへ 持続可能な社会実現に向け加速する「連帯・連携」

2015年に国連で掲げられたSDGs(持続可能な開発目標)。SDGsをめぐる大学の活動は、啓発、実践を経て「行動の10年」を見据えたさらなる加速と深化が求められている。それらを具現化すべく、国際社会や地域社会における「連帯・連携」もパワフルに展開中であり、各界の注目は高まる一方である。本誌は、シリーズ第4弾として、国連、政府、産業等、バラエティ豊かな各大学の連携状況を克明にレポート。SDGsによる大学教育革新の中核に迫る。