SDGsとクラシック音楽の関係を「平和」というテーマから考察した前回記事。今回はまた視点を変えて、SDGsとクラシック音楽の新たなつながりに迫ってみたいと思います。【SDGs×クラシック】シリーズ、第2弾のテーマは「自然」。今回も筆者お気に入りのクラシックの名曲を交えながら、両者の意外な関係について考えます。
気候、山、海……SDGsにまつわるワードからクラシックの世界をのぞいてみよう
自然の風景に心を動かされたり、故郷の景色を思い出してノスタルジーを感じたりする瞬間が誰にでもあるのではないでしょうか。その感覚は、今も昔も変わらないものです。数百年前に活躍した作曲家たちも、豊かな自然にインスピレーションを受けて多くの音楽を生み出してきました。山や海、気候や風景など、自然にまつわるモチーフを音で表現したクラシックの名曲も少なくありません。
ここで、そうした作品の中からいくつかご紹介したいと思います。
【テーマ:気候】 ヴィヴァルディ ヴァイオリン協奏曲集「四季」

タイトルのとおり、「四季」をテーマとして「春」「夏」「秋」「冬」の4曲で構成されるこの曲。中でも「春」は、学校の音楽の授業やテレビ番組のBGMなどで使われることも多く、誰もが一度は耳にしたことがあるのではと思います。
作曲者のヴィヴァルディが生まれ育ったイタリア・ヴェネツィア地方は、日本と同じように四季の移ろいを感じられる土地でした。その豊かな季節の変化がこの作品には巧みに表現されています。たとえば、ヴァイオリンが小鳥のさえずりを奏でたり、ヴィオラが犬の吠え声を模倣したり。オーケストラ全体で雷鳴のとどろきや猟犬の遠吠えを表現する場面もあり、聴けば聴くほど、自然の風景やそこに生きる人々の営みが“音”として浮かび上がってくるような一曲です。
【テーマ:田舎の風景】 ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」

田舎の自然をこよなく愛していたベートーヴェンが、その思いを込めて作曲したのが交響曲『田園』です。各楽章には「田舎に着いたときの愉快な気分の目覚め」「小川のほとりの情景」「雷雨、嵐」などの標題が付けられていて、小川のせせらぎや吹き抜ける風の音をヴァイオリンが表現するほか、小鳥のさえずりを模したフルート、オーボエ、クラリネットのパッセージも登場します。
ベートーヴェン自身は、「この曲は自然をそのまま描写したものではなく、自然に触れたときに自分が抱いた感情を音楽にしたものだ」と語っていたそう。そんな言葉からも、彼の自然に対する深い愛情が感じられます。
【テーマ:山】 R.シュトラウス 「アルプス交響曲」

「アルプス交響曲」は、作曲者が少年時代に経験したアルプス登山をもとに作られた作品です。登山から下山までの1日の間に移り変わる自然の姿が音楽で描かれています。オーケストラも総勢120名という大所帯。音の大きさと迫力をもって、雄大な山の世界のスケールを感じさせる曲となっています。
登山中に出会う小川や滝、途中で遭遇する嵐の様子などをリアルに描写するために、他の曲ではあまり見ない珍しい楽器が使用されているのもポイント。ハープは滝の水しぶきを、ウィンドマシン※1が激しい嵐の風を、サンダーマシン※2が雷鳴を表現。また、カウベル※3も登場し、牧場ののどかな風景を思い起こさせます。楽器の種類も音のバリエーションも豊かだからこそ、聴いているだけでリアルな山の情景が目の前に思い浮かぶようです。
※1 手で回して風のような音を出す巨大な楽器
※2 金属の一枚板を揺らして大きな金属音を出す楽器
※3 牛の首につけるベル。揺れると音が鳴る
【テーマ:川】 スメタナ 交響詩「モルダウ」

「チェコの音楽の父」とも呼ばれる作曲家・スメタナの代表作『わが祖国』。その第2曲にあたるのが「モルダウ」です。この曲は、チェコを代表するモルダウ川の流れを描いたもので、山あいの2つの水源がやがて合流し下流へと進んでいく――そんな川の旅路が、音楽でたどられていきます。その途中では、川辺で暮らす人々の営みや風景も描きながら、川は最後には大河となってチェコの首都・プラハへとたどり着きます。フルートとクラリネットの2つの楽器が絡み合うように奏でられることで2つの水源の流れが表現されたり、弦楽器と金管楽器の迫力ある音で急流の激しさが描かれたりと、楽器が効果的に使われている一曲です。
ここで取り上げたのはほんの一部ですが、これだけでも、故郷やその自然をテーマに音楽で表現しようとした曲が多いことが分かると思います。自然に対して抱く感動や畏怖。そういったものも含め、人間の不変の「感情」がベースにあるからこそ、クラシック音楽は何百年の時を経ても廃れずに受け継がれるという「究極の持続可能性」を実現していると言えるかもしれません。
楽器と自然とSDGs
少し視点は変わりますが、音楽を奏でるには、もちろん楽器が不可欠です。普段あまり意識しないかもしれませんが、ピアノやヴァイオリン、ギターなど、多くの楽器は木材から作られています。
木管楽器と呼ばれる楽器たちもその名のとおり。しかし、そのうちクラリネットやオーボエ、ピッコロなど管の部分に使われる木材は現在「準絶滅危惧種」に指定されているそうです。持続可能な自然環境は、音楽の世界にとっても直接的に関わってくる重要なテーマなのです。
金属をベースに作られる金管楽器も、自然環境と無関係ではありません。楽器の細かい金属部品をつなぎあわせる「はんだ」には、一般的に鉛という物質が含まれるそう。この鉛は人の健康に悪影響を与えるだけでなく、動物や魚の住環境を汚染する恐れもあるものです。そうしたことを意識し、鉛を含まないはんだを使用した金管楽器の生産に取り組む会社も出てきているようです。
作曲家たちが見た風景も未来に受け継がれてほしい
地球規模で進む気候変動は、かつて作曲家たちが愛したヨーロッパの美しい自然にも深刻な影響を及ぼしています。クラシック音楽が時代を超えて受け継がれる「持続可能な」芸術なら、彼らが愛した風景も、音楽を奏でる楽器の音色も、同じように未来に受け継がれてほしい。一人のクラシックファンとしてそう願うと同時に、そのために筆者自身ができることから始めたいと改めて感じました。
「気候変動」「地球規模の課題」と聞いても、すぐには自分ごととして捉えられないかもしれません。ですが、皆さんの好きなものの中にも、実はその影響と無関係ではいられないものがあるはず。まずは自分が守りたいと思えるものを入り口に考えてみると、自分自身が積極的にアクションしたいと思えるSDGsのテーマが見つかるかもしれません。