一般消費者にとっては依然「何をすればいいのか分からない」、「ハードルが高い」という印象があるSDGs。そんな状況を打破すべく、音楽をはじめとするエンターテインメントが動き出しています。今回は、私たちに身近なポップカルチャーがSDGsにどのように取り組んでいるのかを紹介します。
目次
「サマー・オブ・ラブ」から「ライブエイド」へ
ーポップカルチャーと社会的ムーブメントの関係
音楽を中心とするポップカルチャーは、これまでも世界的なムーブメントを起こしてきました。最も代表的なものが1967年アメリカを中心に広がった社会現象「サマー・オブ・ラブ」です。ベトナム戦争の泥沼化に端を発する反戦運動を核とし、既存の社会体制に抵抗する若者たちの動きは、ヨーロッパをはじめ、世界中に伝播しました。世界中に影響を与える大きなムーブメントになったのは、当時黄金時代を迎えようとしていたロックと結びついたから。若者が親しむポップカルチャーとの融合が、社会運動のハードルを引き下げたのです。一連の運動を象徴するイベントがウッドストック・フェスティバルです。1969年にアメリカ・ニューヨーク州で3日間にわたって開催され、50万人以上を動員したこの音楽フェスティバルは60年代の「サマー・オブ・ラブ」ムーブメントを代表する出来事として記憶されています。以降、音楽は社会的なムーブメントを社会一般に浸透させるのに重要な役割を果たすことになります。
また、1984年、飢饉に襲われたエチオピアを救済すべく全世界が支援を行いましたが、その中で大きな役割を果たしたのも音楽でした。イギリスとアイルランドのトップミュージシャンたちが集結したバンド・エイドのチャリティーソング”Do They Know It’s Christmas?”。アメリカで結成されたUSA・フォー・アフリカの“We Are The World”。そして「1億人の飢餓を救う」のスローガンの下、チャリティーコンサート「ライブエイド」が開催されました。アメリカ・フィラデルフィアのJFKスタジアムとイギリス・ロンドンのウェンブリーアリーナの2会場で同時開催し、84カ国に同時衛生生中継を行った20世紀最大のチャリティーコンサートです。テレビ中継の視聴者は約19億人、寄付金総額は約1億4000万ドルにものぼりました。音楽は、自身が社会的なムーブメントの起点となるまでに至ったのです。ちなみに、ライブエイドは2005年にG8首脳会議に合わせ、アフリカ支援を呼びかけるためにライブ8として復活しています。
このようにポップカルチャーは、ともすれば他人事になりがちな社会問題と一般消費者を結ぶ役割を担うようになりました。エンターテインメントとして日頃から親しむものを入口とすることで、押し付けではなく「自ら選んだ」という意識を持つことができる。そうした意識が、人々の能動的なアクションにつながっているのでしょう。
SDGs達成のために、ロックバンドができること
ー世界的ロックバンドColdplayの決断
時は移り、2020年。社会の変化と共に、音楽が人々に与えるインパクトの形・内容も変わってきました。SDGs達成に向けての取り組みが進む中、ポップカルチャーの世界でも様々な動きが始まっています。その一つがイギリスのロックバンドColdplayの取り組みです。Coldplayはイギリスで1997年に結成されたロックバンドで、全世界での累計アルバムセールスは8,000万枚以上を記録。グラミー賞への29回のノミネート、7回の受賞を果たしている、現在の音楽シーンを代表するロックバンドです。そんな彼らが、バンドにとって重要な、新譜発売に伴うコンサートツアー計画を中止すると2019年に発表。環境に及ぼす影響を懸念しての決断であると述べています。バンドのリーダーであるクリス・マーティン氏は「これからの数年で、どうすれば自分たちのコンサートツアーが持続可能なだけでなく、環境に利益をもたらすものになるかを模索する」と語っています。
では、実際にコンサートツアーが環境に与える影響はどの程度のものなのでしょうか。調査結果を見てみましょう。グリーン・ツアリング・ネットワークによると、1回のコンサートツアーで排出される二酸化炭素のうち、34%が会場から排出されています。このほか、宿泊施設から10%、グッズ販売で12%、アーティストの移動で9%、販促活動で2%となっています。それだけではありません。観客の移動による排出は33%を占めています。
(画像出典|Green Touring Guide – Green Touring Network)
マーティン氏は今後のツアー活動について、カーボンニュートラル(排出される二酸化炭素量と吸収される二酸化炭素量が同じ状態)なツアーを実現し、「地球にとって積極的な利益を生み出す」道を探すと語っています。
重要なのは、ポップカルチャーを代表し、若者たちのアイコン的存在である彼らが、「持続可能性について考えよう」というメッセージを発信していることなのです。「持続可能性の実現は他人事ではない。自分たちができることをやっていこう」。世界的なバンドであるColdplayが発したメッセージは、世界中の若者たちに新たな視点を生み出すことになるでしょう。
「聞こえない人も、楽しめるように」
ー音楽フェスに起ころうとしているパラダイムシフト
SDGsというと環境に焦点があてられがちですが、それだけではありません。「誰一人取り残さず、持続可能な社会を実現する」のがSDGs。その理念に共鳴し開催されたのが、誰もが聞こえる音楽フェスSooo Sound Festivalです。SDGsの達成されたあとの世界を想像し体験する「ソーシャルフェス®」というプロジェクトの1つとして、Ozone合同会社が2017年10月に横浜市みなとみらいで開催。音の明瞭度を極限まで高めることで聞こえやすい声・音を実現したSONORITYというスピーカーを使用しています。伝音性難聴、感音性難聴の方でも聞こえ、「人類全員が同じ音楽で踊れる世界の序章」を標榜し、インクルーシブな音楽フェスをめざした点で画期的な取り組みでした。
テクノロジーが進歩した今、音楽は健常者だけは楽しめるものというこれまでの前提は崩れつつあります。Sooo Sound Festivalは、「聞こえないから、楽しめない」から「あらゆる人が楽しめる」へのパラダイムシフトの前触れなのではないでしょうか。誰一人取り残さないという視点が、今後エンターテインメントにおいても重要なファクターとなるでしょう。
「SDGs×マンガのチカラ」
ー身近なエンターテインメントがSDGsを意識するきっかけに
SDGs達成を目指すポップカルチャーは音楽だけではありません。日本を代表する文化であるマンガもその一つです。2020年1月に浜田ブリトニー氏を発起人とし、「SDGs×マンガのチカラ」プロジェクトが発足しました。一人でも多くの人がSDGsを「自分ゴト」として考えるようになってほしい。マンガの力で、SDGsを誰にでも分かりやすく伝えたい、知ってもらいたいという思いからスタート。『課長島耕作』の弘兼憲史氏、『ブラック・エンジェルズ』の平松伸二氏、『GTO』の藤沢とおる氏、『少年アシベ』の森下裕美氏ら、17人の有名マンガ家が参画。17のゴールに合わせて、1人が1ゴールずつオリジナルのマンガを描き下ろします。また、全てのマンガをまとめた作品集が2020年内に講談社から出版される予定となっています。
SDGsの達成に直接資する取り組みではありませんが、SDGsを広めるためにポップカルチャーの力を活用しようという狙いです。音楽と同様、身近なエンターテインメントであるマンガがSDGsに触れるきっかけになる。マンガを通してSDGsの重要性を認識した人たちは、きっと「自分でもできることがあるのではないか」と考えるのではないでしょうか。
2020年代の「サマー・オブ・ラブ」はSDGs?
ーSDGs×ポップカルチャーが生み出す大きなうねり
17のゴール達成に貢献する取り組み(Coldplay)。SDGsそのものの認知を拡大し、自分事にさせる取り組み(SDGs×マンガのチカラ)。そして、既存の概念を破壊し、ポップカルチャーそのものもインクルーシブなものへと変貌する(Sooo Sound Festival)。社会的な取り組みの広がりとそれに呼応するポップカルチャーの様は、大きなうねりの始まりを感じさせます。SDGs×ポップカルチャーは2020年代の「サマー・オブ・ラブ」となり、世界を巻き込むムーブメントに成長するでしょう。