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「戦争のなき世界」だけではない?コロナ禍を越え、目指すべき「平和」の姿とは?

写真提供:広島県

国によって、地域によって、さまざまに捉えられる「平和」の概念。コロナ禍を踏まえて、私達はどのような平和の在り方を目指せば良いのでしょうか。広島大学平和センター長を務め、学内の一般教養「平和科目」の取りまとめを担当する傍ら、ご自身も「平和学」の授業で教鞭を執る川野徳幸先生にお話を伺いました。

川野徳幸先生

多様な意味を持つ「平和」を、ヒロシマから発信

――最初に、川野先生がセンター長を務める広島大学平和センターの活動内容についてお聞かせください。

広島大学平和センターは、広島大学の全学的機関として、平和科学に関する研究・調査と資料の収集を目的に、1975年に平和科学研究センターとして発足しました。平和学の学術的研究機関としては我が国最初のものであり、国立大学では現在なお唯一の研究機関です。2018年からは「広島大学平和センター」に発展させ、機能強化を図ることとなりました。従来の役割に加え、研究成果を教育の場に還元して、平和に関する教育の推進に資することを目的としています。 広島の被爆から76年を迎えた今日、当時の体験を語れる人は少なくなりました。そのため被爆者の思いや平和の大切さをどのように語り継ぎ、残していくかが課題となっています。単に語り継ぐだけではいずれ風化してしまうでしょう。そうならないために、大学は次世代を担う若者たちが被爆体験への理解を深められるような学びの場を提供しなくてはならないと考えています。

――具体的に広島大学では、平和についてどのような教育が行われているのでしょうか。

広島大学は、学部・大学院の科目として2011年度から「平和科目」を開講しました。広島大学平和センターはその企画・運営において中心的な役割を担っており、医学・社会学・物理学などさまざまな切り口で原爆に関する学習機会を提供しています。その中で私は、被爆者や核実験被害者の心理的・社会的影響の調査研究に基づいた「平和学」の講義を担当。学生たちが原爆による被害の大きさを理解するだけでなく、「平和」「ヒロシマ」についても考えられるような講義を心掛けています。

「平和学」で教鞭をとる様子

また、平和科目では、紛争問題などの普遍的な「平和」に関する講義も展開しています。平和というと多くの広島の人は「核なき世界」をイメージするかもしれませんが、世界的には、紛争問題やそれに関わる貧困・難民問題など、もっと広い範囲を指します。広島大学平和センターでは、広島の原爆に関する研究はもちろん、よりグローバルな平和教育・研究についても推進していく考えです。

コロナ禍で露呈した社会の閉鎖性と、平和に向けた動きの停滞

――川野先生が考える平和とは、どのようなものでしょうか。

平和というのは、とても多義的であいまいな言葉です。先ほどは世界と広島で平和のイメージが異なると話しましたが、国内でも、土地が変わると平和の捉え方は異なります。例えばかつて被差別部落が深刻であった地域では、「平和=人権問題」と位置付けるかもしれません。「平和」とはいったい何なのか、どのようなものなのか、国内でも案外共有されていないのです。

このように平和は非常に概念の広い言葉ですが、私は「社会的に弱い立場にある人たちに寄り添える社会構築」だと捉えています。

――学生は授業を通して平和が持つ多様な意味を学びますが、先生が教育や研究活動を続けていく中で、学生の反応に変化を感じることはありますか。

コロナ禍を通して、学生たちは平和に対しての危機感を身をもって感じたように思います。これまで世界的に協調主義や連帯を模索してきたにも関わらず、このようなパンデミックが実際に起こると、身内志向的な、別の表現をすると自国第一主義的な考えが顕在化してしまった。このことは、昨年夏に学生たちが発表した「2020年学生ヒロシマ宣言」でも言及されていました。有事の際には協調や連帯は二の次にされてしまう。そのような国際社会の閉鎖性を目の当たりにして、今後日本や広島はどのような立ち位置に在るべきなのかということを、学生たちも多少は考えたのかもしれません。

――ウィズコロナ、ポストコロナの時代では、国際的な平和への取り組みはどのような方向に向かっていくとお考えですか。

先ほど自国第一主義とお話ししましたが、この流れが強まる可能性はもちろんあると思います。それも、国ではなくもっと細かな単位のレベルで、です。都道府県をまたぐ移動の自粛など、小さなエリア間の障壁(バリア)は生じています。そのような閉鎖性は、生命や財産を守るという観点では有効かもしれません。しかし、グローバル化した今日において、社会を閉鎖したまま経済活動を回していくには限界があると強く感じています。お互いに多少の痛みは抱えつつも、手を取り合って未来に向かっていかなくてはならない。生命や財産と経済活動の両立を考えた時に、自国のみを優先するのではなく国際協調が必要であると明らかになってくるのではないでしょうか。

SDGsの理念が、平和観・世界観を広げるカギとなる

――SDGsのゴール16に掲げられている「平和と公正をすべての人に」についてはどのようにお考えでしょうか。

まず、国際社会を束ねる役割を担う国連が、英知を結集させてゴールを示すというのは非常に意味のあることだと思います。ゴールがあることで、私たちはその方向に向かって進んでいけるのですから。しかし、今回のようなパンデミックが起こると、SDGsが掲げるユートピアのような世界観は一気に封印されてしまいます。今でこそSDGsはメディアでも取り上げられていますが、初めて国内で緊急事態宣言が発令された頃は、SDGs視点での意見はほとんどなかったと記憶しています。

今般のコロナ禍でも、非正規雇用者の雇止めなどの問題が顕在化しました。救済の仕組みを根底から考えなければならないと感じます。冒頭でコロナ禍での非正規雇用者の問題を挙げましたが、SDGsの理念である「誰一人取り残さない」の視点で考えると、このような人たちこそが救われる世の中を実現させるべきでしょう。今回顕在化した現代社会の脆弱性を省みて、有事の際になるべく社会的弱者を出さない、もしくはそのような人たちを一丸となって救える社会を目指すべきだと考えます。

――平和の実現に向けて、日本人である私たちだからこそできることはあるのでしょうか。

「核なき世界」という観点では、もちろん日本は平和をけん引していく立場にあるでしょう。ただしSDGsで言う「平和」は、貧困や飢餓といった概念も含んでいます。そのため、平和観や世界観を広げて、身内以外にも目を向けて理解する必要があります。その意味では、ゴール17「パートナーシップで目標を達成しよう」も合わせて考えなければいけません。

チェルノブイリ原発事故被災者への聞き取り調査を行う川野先生

――身内の概念を広げるということですね。

そうですね。島国の特徴かもしれませんが、身内志向の平和観が日本人には根付いています。なので、自分が所属する組織や社会を越えて、対岸で何が起こっているかを想像力豊かに考えてみる。そのように考えを広げるきっかけとして、SDGsの理念と関連づけて世界を学んでいくのが良いのかもしれません。

――世界が危機的な状況に陥っても、身内のみを考えるのではなく、手を取り合って未来に向かわなければならない。SDGsの理念を意識することで、身内志向から脱却した広い平和観を養えるということですね。本日は、貴重なお話をありがとうございました。

<プロフィール>

川野 徳幸(かわの のりゆき)先生

広島大学平和センター教授。広島大学原爆放射線医科学研究所附属国際放射線情報センター助手・助教、広島大学平和科学研究センター准教授、広島大学平和科学研究センター教授を経て、2017年より広島大学平和科学研究センター(現 広島大学平和センター)のセンター長を務める。主に、原爆被爆者、核実験被害者、原発事故被害者の心理的・社会的影響などについて研究している。