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【特別対談】今、求められるDX・AI人材とは (安西 祐一郎 日本学術振興会学術情報分析センター所長×永田 恭介 筑波大学学長×村田 治 関西学院大学学長)

DXの推進、AIの活用に向けて社会は今どのような人材を求めているのか。

そして、その人材を育むために大学は何ができるのか。

大学教育の最前線を知る3名の方々が今後の社会を見据え、思いを語る。

次世代社会の創造に向けて 教育が果たすべき役割とは

安西 日本におけるDX・AI人材育成について語るには、まず「AI戦略2019」に触れる必要があるでしょうか。

村田 安西先生は、戦略を取りまとめた「AI戦略実行会議」で座長を務めておられました。策定までの経緯はどのようなものだったのでしょうか。

安西 もともとは「人工知能技術戦略会議」が2016年から動いており、私が議長を務めていました。当時はちょうどほかの主要国もAIに関する戦略を取りまとめていく時期でした。それが発展してAI戦略実行会議が設置され、Society 5.0の実現に向けた検討が始まりました。そして2019年6月にAI戦略2019が取りまとめられ、「教育改革」「研究開発」「産業・社会の基盤づくり」などが主な目標として盛り込まれました。

永田 日本はデジタル化が遅れていると言われますが、他国と比べて戦略策定に遅れはあったのでしょうか。

安西 国として戦略会議を設置したのは早いほうだったと思います。しかし、デジタル化に関する総合的な蓄積がなかったために、DXそのものが遅れてしまいました。大学でのDX・AI人材の育成も追いついていませんでした。

永田 そうした問題について、大学では以前から危機感を持っていましたが、産業界ではまだ認識が足りなかったようにも思います。

村田 「2025年の崖」として、この先はDXを推進する人材の不足が危惧されています。企業も大学もこの問題に本気で対峙していかなければなりません。日本は明治以来の工業化に成功した一方で、中国は発展途上でした。それが昨今、デジタル革命によって日本を超える成長を見せています。ある意味、産業革命のようなもの。日本はそうした次の波に乗れていないように見えます。そもそも日本国内のAI関係の研究者は人口比で見ると他国よりも多いほうです。しかし、それが理系大学を中心とした一部の研究・教育機関に集中していて、社会全体に広がっていかなかった。そこが大きな課題ですね。

安西 まず前提として、データサイエンスは文理融合の分野です。しかし、日本では高校から文系と理系に分かれてしまい、文系だと数学の知識はそこまでなくても済んでしまう。就職活動にしても同じで、事務職と技術職を分けた採用が行われてきました。すると情報系の学生はみんな開発系やベンダーに就職してしまい、ユーザー企業に情報系がいない。本来、DXを担う人材は多様なフィールドに存在するべきなのですが、それができていませんでした。今後は文理融合の大学入学、採用といった方向に進むべきだと思います。

社会のあらゆる場面で 求められるAI人材

村田 「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度検討会議」でもドメインという言葉がよく出てきました。自分のドメイン、つまり専門領域をしっかり理解しつつAIの知識も持ち、自身のドメインにおける問題解決に応用できる。そうした人材が最も不足しています。

永田 AIを使った解析ができるかどうかは、ビジネスを次のステップに進められるかどうかに大きく関わります。極端な例かもしれませんが、ラーメン屋でもそうかもしれません。売り上げのデータにより朝方にあるラーメンがよく売れていることがわかったとします。しかし店主がどれだけ考えてもその理由がわからない。それが、例えば売り上げデータと一緒に生理学のデータをAIに分析させると、思わぬ相関関係が見えてくる可能性があります。その結果を基にして、人の1日の体の状態に合わせたメニューの提供などができるようになるかもしれません。

村田 大学の業務の効率化にもAIは活用できますね。関西学院大学ではキャリアセンターの問い合わせ対応にチャットボットを用いていて、全体の約8割がAIによる応答になっています。

安西 AIを扱う際には目標や問題を設定することが大切です。AIを使うために問題を探すのではなく、問題が先にあって初めてAIが必要になる。答えを見つけるためにはどんなデータが必要か、どうデータを取得するかを検討する。そしてデータが集まったら、データサイエンスを用いて分析を行う。そのうえで、人間が見つけられなかったパターンをアルゴリズムを介して見つけてくれるのがAIです。DXにおいて最前線の部分にAIがいるイメージですね。AIはもちろんコストカットのようなプロセス・イノベーションだけでなく、新しいものを生み出すプロダクト・イノベーションに適用することも可能です。伝えたいのは、とりあえずAIを使えば価値ある結果が得られるわけではなく、まずは問題意識が基礎になるということ。自分で問題を見つけてくる力が重要になるといえます。

大学における AI教育のあり方

村田 それを踏まえた教育、人材育成が大学には求められていますが、今はまだシステムが整っていないように思います。文部科学省による「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」が2021年度からスタートしましたが、その点が大きな課題ですね。

安西 この状況はある程度は予想できていました。だからこそ、AI戦略2019でも教育改革を1番目に持ってきて、教育の重要性を提示しました。この認定制度では、年間約50万人の学生が初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得することを目標として掲げています。実現には困難が伴うだろうということは理解していますが、これからの時代に必要となると考えられる人数を目標として設定しました。私はDXで日本中の産業構造が変わっていくと考えています。例えば自動車のデジタル化が進むと、連鎖的に部品や素材産業などでもデジタル化への対応が求められる。トップレベルの組織だけでなく、社会のいろんな場で多くのAI・DX人材が必要となってきます。読み・書き・そろばんレベルで多くの人がAI・データサイエンスを理解して初めて、デジタル革命についていけるのではないでしょうか。

永田 そうした状態に備えるためにも、研究開発機能を持った大企業の中だけではなく、街中で、普通の生活で出てくるような問題にAIで対応できるような人材を増やしていきたいです。

村田 本学の「AI活用人材育成プログラム」では兵庫県とタッグを組み、中小企業も巻き込む形で実施しています。大学と産業界だけでなく、産官学連携でやっていく必要があると思いますね。

永田 大学はまず、あらゆる分野でAIが必要だということを意識しなければいけません。数理・データサイエンス・AI教育プログラムの認定校も300〜400校まで増やしていく必要があると思います。教員不足の問題はありますが、eラーニングを駆使し、企業の方にご協力をいただくなど、対策はあると思います。

DXとともに社会は 大きな転換点を迎える

村田 安西先生のお話で「DXの最前線にAIがある」とありました。現在、その最先端のAIも使いながら、いかにトランスフォーメーション、変革を起こすかが注目されています。

永田 筑波大学では、具体的な事例としてはRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を試みており、さまざまな業務に自動化を取り入れて効率化を図ろうとしています。テクノロジーに強い大学なので、自分たちでいろいろと研究して実装を試みています。将来的には社会にも還元できればと考えています。

村田 組織としていかに効率的な運営をしていくのか、いかに高度な人材を育てていくのかという点でDXの果たす役割は大きいと思います。授業における対面とオンラインの組み合わせもDXの一例ですね。教育の中身をデジタル化していく過程で、教育そのものが変わっていく可能性もあります。

永田 はやり言葉のようにみんなDXと言っていますが、これはデジタルによる社会革命です。データの価値が大きく変わり、昨日までの常識が通用しなくなります。世界は不連続なものであり、今はその変わり目にいることに気づかないといけません。

安西 私も今、世界は非常に大きな曲がり角に来ていると感じます。スペイン風邪が流行した100年前と比べると、現代の情報伝達速度は150万倍になっているという調査分析もあります。人間の処理能力はほぼ変わっていないにもかかわらずです。だからこそ、よいものと悪いものを見分けるための知識を学ばないといけません。フェイクニュースに惑わされて選挙で一票を投じてしまう危険性もある。近代の民主主義が揺らぐ可能性すらあります。

永田 情報の氾濫により、人々は自分が共感できる情報だけに囲まれて、ある意味引きこもりの状態になっています。DXが進む今こそ本当にみんなで真剣な議論をしないといけないのに、それが妨げられているように感じます。

情報の力が増す現代において 重要となる「哲学」

村田 DXの時代だからこそ、思想や哲学の話、社会科学や人文学の議論をちゃんとしないといけない。そこがないと結局、自分の好きなものにしか触れなくなり、広がりがなくなる。その結果、人間と人間が分断されてしまうことも考えられます。今改めて人間の本質を押さえておかないと、このままでは人間がAIに従属してしまうのではと危惧しています。

安西 本当にその通りだと思います。DXやAIの波にのまれて、とりあえず追いつかなきゃというマインドがあるのかもしれませんが、日本的な文化や伝統とどう重ね合わせていくかも重要なのではないでしょうか。十七条憲法にある「和を以て貴しとなす」や、五箇条の御誓文にある「万機公論に決すべし」は、デジタル化が加速するフェイク情報によって揺れている現代の民主主義と、どういう関係にあるのでしょう。さまざまな時代背景はありつつも、日本のたどってきた道をしっかり考えていくべきだと思います。

永田 DXが進む中で一番重要なのは情報学やコンピューターの知識ではありません。変革のタイミングにある社会の有り様を認識し、その社会の一端を担う意識を持つことが何よりも大切です。これからの若者たちには、DXが進展する日本で、中心となって骨組みをつくる人に育ってほしいと考えています。

村田 本学のスクールモットー「Mastery for Service」にも共通する部分があると感じました。このモットーを通じて、学生たちには人類のため、社会のために学ぶ意識の大切さを伝えています。

永田 筑波大学には「師魂理才」という人材育成マインドがあります。親や先生のように他者に接する心を持ちながら、合理的に問題解決ができる人材を意味しています。

村田 哲学が大事という話をしましたが、こうした教育理念はまさに大学が持つ哲学です。AIについての教育機会を提供すると同時に、それぞれの哲学に基づいた人材育成を行っていくこと。それこそが、DX時代において大学が果たすべき社会的使命だといえるでしょう。

<登壇者プロフィール>

安西 祐一郎
日本学術振興会
学術情報分析センター 所長

1988年慶應義塾大学理工学部教授、2001年慶應義塾長、2011年独立行政法人日本学術振興会理事長、2020年より公益財団法人東京財団政策研究所所長。

永田 恭介
筑波大学 学長

国立遺伝学研究所、東京工業大学を経て、2001年筑波大学基礎医学系教授。大学院人間総合科学研究科教授、医学医療系教授を歴任し、2013年より現職。

永田 恭介
筑波大学 学長

国立遺伝学研究所、東京工業大学を経て、2001年筑波大学基礎医学系教授。大学院人間総合科学研究科教授、医学医療系教授を歴任し、2013年より現職。

村田 治
関西学院大学 学長

関西学院大学経済学部助教授を経て、1996年教授。2002年教務部長、2009年経済学部長、2012年高等教育推進センター長を務め、2014年より現職。

掲載紙

今回のインタビューは、東洋経済新報社と株式会社WAVEが制作した「東洋経済ACADEMIC 次代の教育・研究モデル特集 Vol.1」に掲載されています。

東洋経済ACADEMIC 次代の教育・研究モデル特集 Vol.1未来社会を担うDX・AI その真価を解き明かす

東洋経済ACADEMICシリーズから【DX・AI】に関する書籍が発刊。
Sociaty5.0で示される日本社会の未来を実現するために、社会課題解決に資する人材育成、研究が現在ほど求められている時代はない。今日、ウィズコロナ時代に向けて、DX推進・AI活用は、産業界のみならず、教育界の先進分野として世界の注目を集めている。文部科学省をはじめとする各省庁の動きからも、データサイエンス教育やデジタルとフィジカル融合型の研究手法への支援は力強く展開中である。本誌では、教育・研究の場におけるDX推進・AI活用を実現する多様な事例を紹介し、それらを加速・推進する次世代教育・研究モデルの核心に迫る。

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