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アーバンベアから考える 「誰一人取り残さない」社会の意味とは

なるほど!

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近年、熊による人身被害が増加傾向にあります。中でも、市街地に出没する「アーバンベア」の問題は、人々の生活に深刻な影響を及ぼしています。熊との衝突を避け、住み続けられるまちづくりを実現するにはどうすればいいのでしょうか。

驚異的な身体能力で、人間を圧倒する恐るべき存在

現在日本に生息する熊は、本州・四国に生息するツキノワグマ、北海道を生息域とするヒグマの2種類です。動物園で見かける姿は、知能が高く、母性愛にあふれ、お茶目なふるまいも見せる親しみやすいものだと思います。

遊具で遊ぶツキノワグマ。
じゃれあうヒグマたち。

一方で、彼らは驚異的な身体能力で人間を圧倒できる存在でもあります。鋭いツメや牙で攻撃されれば、人間などひとたまりもありません。加えてあの巨体で時速60kmものスピードで走り、木登りも得意なのです。遭遇すれば最後、無事ではすみません。

基本的に彼らは臆病なので、進んで人を襲うのは稀だと考えられてきました。しかし、最近では人間を恐れず、積極的に襲うことが増えてきています。中には人里まで下りて、堂々とまちを徘徊する「アーバンベア」も。熊の世界に、何が起きているのでしょうか。

熊がまちへ。背景にあるのは自然環境の変化

アーバンベアは、生ごみや家庭菜園の作物を食い荒らし、時に人を捕食対象ともみなす恐ろしい存在です。臆病で、滅多に人里に下りてこなかった熊がこのような行動に出るのは、なぜなのでしょう。

主な理由として考えられるのは、エサ不足です。地球温暖化による気温上昇などの影響を受け、主食であるドングリなどの不作が続いています。

また、無計画な産業開発が原因で、彼らの餌場が少なくなっているのも要因としてあげられます。こうした環境の変化により、エサを求めて仕方なく人里に下りてくるのです。

知床半島のヒグマ。母熊はやせているように見えます。

農業・林業の衰退もアーバンベアの増加に拍車をかけています。もともと私たちは、山々と集落との間に存在する里山から、多大な恩恵を受けてきました。しかし経済の発展に伴い工業やサービス業が拡大し、農林業従事者が少なくなり、放棄される里山も増えてきました。林には木々がでたらめに生い茂り、耕す人のいない田畑は藪だらけに。こうして、熊が人目に触れず街の近くまで下りてくるには、好都合な自然環境へと変化してしまったのです。

人目に付かない草藪や河川を通ってまちへ。

熊と人が、各々のテリトリーで幸せに生きる社会を

市街地での熊の目撃や被害情報が多く寄せられる昨今、「大量駆除を行ってはどうか 」という声もあります。熊の数が減ればエサが行き渡り、山から下りてくることもないだろう、というわけです。確かに、積極的に狩ることで熊の出没数が減り、人間と熊の距離感も適切なものになるかもしれません。しかし、大幅に頭数を削減することで生態系のバランスが崩れ、別の問題が起こる可能性もあります。動物愛護の観点からも実現は容易ではなさそうです。

そもそも熊が人里に来るようになったのは、人間が起こした環境破壊にも一因があると考えられます。それを大規模駆除という短絡的な方法で解決していいのか、と疑問を覚えます。人身被害の増えている昨今、積極的な駆除を望む声があるのは当然ですが、他に有効な対処法はないのでしょうか。

たとえば、自治体の中には「ゾーニング」という対策をとっているところもあり、効果を発揮しているケースもあります。これは、野生動物と人間が共存するために、生息状況や人間の活動状況を考慮して地域を区分けし、それぞれに適した対策を講じるというものです。熊の保護を優先する区域と、人間活動を優先する区域を設定し、緩衝帯を設けることで、被害を抑制しつつ、熊の生息環境を守ることを目指します。具体的には、熊の保護地区に餌場を確保する、緩衝帯であるまちと山との境目に電気柵を張り巡らせる、市街地周辺の森に猟犬を連れてパトロールする、などの方法があるようです。今後、より多くの自治体で導入が進むことを願います。

また、個人でできる熊をおびき寄せない方法としては「餌となる生ごみは外に置かない」「田畑の藪は頻繁に刈り、作物は早めに収穫する」「熊の警戒心を保つために、近づいたり餌付けしたりしない」などがあります。私たち一人ひとりが熊の生態について正しく知り、危機感を持って自ら距離をとることで、防げる被害もあるでしょう。

SDGsの目指す「誰一人取り残さない」は、人間だけに当てはまる理念ではありません。熊をはじめとする他の生き物にとっても住みやすい環境づくりこそ、私たち人間の目指すところ。闇雲に命を奪うことなく、彼らが本来の住処に戻り、再び適切な距離を保てるよう、努力を重ねていかねばなりません。

<参考>

環境省Webサイト パンフレット 「クマに注意!思わぬ事故を避けよう」

読売オンライン 日本にもいる「アーバンベア」…市街地周辺に恒常的に生息、突然遭遇したときの対処法とは

環境省「クマ類のゾーニング管理の現状」