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ブナの森と豊かな水に感謝を。白神山地のトレッキングツアーに学ぶ

なるほど!

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世界自然遺産を含む、悠久の大地を歩く

今年の9月に青森県を旅しました。日本三大霊場の一つ、恐山のある下北半島、日本海の絶景を味わえる五能線沿線、豊かな水をたたえた奥入瀬渓流や十和田湖など見所のある土地が多く、心を動かされました。中でも印象に残っているのが白神山地です。鹿児島県の屋久島とともに『もののけ姫』の舞台といわれる原始の森で、一度は訪れてみたいと憧れていた場所でした。

白神山地は青森県と秋田県にまたがる約13万ヘクタールの広大な山岳地帯です。原始の自然が色濃く残るエリア(約1万6千ヘクタールほど)は、1993年に日本初の「世界自然遺産」として登録されました。森を形成するブナを主体とした落葉広葉樹は四季の変化が明瞭で、季節ごとに違った味わいがあると評判です。

私はブナ自然林を歩くツアーに参加。山岳ガイドさんから白神山地のブナがもたらす恵みについてレクチャーを受けながら、十二湖(鶏頭場の池、青池、沸壺の池)付近を散策しました。十二湖は1703年に白神山地で起こった大地震によって生まれた湖沼群です。ちなみに十二湖と言いつつ、湖沼の数は33。白神山地内の崩れ山という山から見ると12の湖しか存在しないように見えるため、その名がついたそうです。

最初に訪れたのは鶏頭場(けとば)の池。文字通り上から見ると鶏の頭の形をした池で木々を映した美しい湖面が魅力です。残念ながら私が訪れたときは雨上がりで、あまり透明度が高くありませんでした。紅葉の時期には水面に色とりどりの葉が映り、えも言われぬ光景だそうです。今度はぜひ秋が深まった頃に訪れたいものです。

初秋の鶏頭場の池。奥に見えるのは崩れ山。

鶏頭場の池のほとりを歩き、次に向かったのは、十二湖のなかでも特に有名な青池です。コバルトブルーのインクを垂らしたような水面を見ていると、吸い込まれそうになります。午前から午後にかけ、光の加減で少しずつ濃い青へと変化していくそうです。

青池。晴れた日の午前中が最も美しいと評判。

青さの理由は、水の透明度や水底の岩の白さ、池の深さなどに関係があると考えられていますが、明確な理由はわかっていません。地下から湧き出す伏流水で水温は常に低く、冬は8~9℃、夏でも10℃ほどにしかならないとのこと。過去には泳いだ強者もいると聞きました。

闇雲な森林伐採を免れた奇跡のブナ林

さて、青池でひたすらシャッターを切る私たちに、進むよう促すガイドさん。歩きながらブナについてのレクチャーを開始します。

「日本では林業の発展に伴い、生育に時間がかかり、根に水を含んで腐りやすいブナを次々に伐採し、代わりに生産効率のよいスギなどの針葉樹を育てるようになりました。日本各地の森林が産業開発によりどんどん変化していき、ブナ林は消滅の一途を辿ります。その後、外国産の木材に頼った方が低コストになるとわかり、国産ブナの闇雲な伐採が止まりました。もう少し遅ければ、白神山地のブナ林も存続が危うかったかもしれません」。

ちなみにブナの漢字「橅」は、昔の日本人が「水を含んで曲がって腐りやすく、役に立たない、木にあらず」という考えのもとに付けた字だと教えてくださいました。

「しかし、ブナの森は高い保水力やしっかりと根を張る力で洪水や土砂災害を防いでくれます。酸性雨から有害物質をろ過してきれいな水にしてくれる浄化作用もあります。ブナが根元に貯めた水は地中に沁み、それが川となり海へと流れ込みます。豊富な漁場をつくることにもつながっているんです。どこが役に立たない木なのか」と続けるガイドさん。愛おしそうに、ブナの木々を見上げる姿が印象的でした。

さまざまな自然の恵みを肌で体感。遭難時のライフハックも

そんな熱のこもったレクチャーを受けて歩き続ける一行の前に、苔の生えたブナの木が。苔が生えている向き=北だそうで、道に迷ったときに参考になる情報だなと感じました。

ガイドさんが紹介してくださったのはブナのことだけではありません。途中、見慣れない実をつけた木の前で立ち止まります。この木はキウイの原種です。「またの名を?」と聞かれ、誰も答えられずにいると「マタタビです!」とガイドさんが自分で解答。ダジャレと気づき、爆笑するツアー客一同でした。ちなみにマタタビの由来は「また旅に出よう」なんだそうです。旅人が疲労回復のために食べて、再び旅を続けられたからだという説があります。

マタタビには蚊よけの効果があります。猫が実を好むのは、本能的にこの効果を求めているためだと言われています。

ほかにも、食べられる野草であるウワバミソウ(ミズ)や、落ち葉から甘い匂いを発するカツラなど、さまざまな植物を紹介してくださいました。

ウワバミソウ。実の部分はミズナのような味です。
カツラの落ち葉からはキャラメルのような匂いが。木は将棋盤の材料になります。

散策の後半になるとぱらぱらと雨が降ってきました。しかし、不思議と私たちにはほとんど雨粒があたりません。小雨程度なら、ブナの葉が皿のように雨粒を受け止めてくれるからです。「ブナってこんなに万能なのに、役に立たない木だなんて、昔の人って本当にひどいですね」と笑い合い、道を進む一行でした。

白神の自然が教えてくれた、いまある環境への感謝の心

途中の道で、左右で森の雰囲気が異なることに気づきます。少しだけ左の方が暗くなっています。

「左は人の手が加わった方、右が天然の森です」とガイドさん。里山など人の手が入ることで保たれる自然がある一方、中途半端に整えて放置されたような森林はうっそうとした雰囲気になるのだとおっしゃっていました。一方、完全に自然に生えるに任せたブナ林の方が適度に木と木の間隔が空いていて、明るい光に溢れていました。自然界って絶妙なバランスのもとに成り立っているんだ……と、感動しきりでした。

そのまま歩き続けてもう一つの青池と呼ばれる沸壺の池に到着。ここの青はもう少し色が浅く、よりくっきりと湖底が見えます。

沸壺の池。どちらかというと、ブルーというよりエメラルドグリーンの水面。

沸壺の池ではその名が示す通り、ほとりにあるカツラの木の根元からこんこんと水が湧き出ていました。池のそばには勢いよく流れる清流があり、その水を汲んで持ち帰ることもできます。キンキンに冷えた水のおいしいこと……!

「この水もブナ林あってのもの。日本は本当に水に恵まれた国です。わざわざ買わずにこうやって豊富な水が手に入る国は、世界広しと言えどそう多くはありません。ここ白神はもちろん、日本の森林全体をしっかりと守っていかなければ」とガイドさんがおっしゃっていたのが印象に残っています。

秋になるとブナは動物たちの餌となる実を落とします。落ち葉は腐葉土になり豊かな土壌を育みます。ブナ林の保水力やろ過作用は安全な飲み水の供給につながり、森から川を通って海へと流れる清涼な水は、海の生き物たちの命をも支えます。これらの観点から、SDGsのゴール6、14、15の達成にも寄与している存在だと言えるでしょう。人間を含む生態系の維持に欠かせないブナの森。その偉大さに感動するとともに、改めて私たちが恵まれた環境にいることに感謝し、水や緑を守る意義をしっかりと認識できた貴重な機会となりました。