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スポーツの力をすべての人に。誰もが楽しめる「ゆるスポーツ」の社会的価値とは

あなたはスポーツが好きですか?つい最近もサッカーのワールドカップで日本中が熱狂したように、スポーツに人の心をつかむ魅力があることは言うまでもありません。では、「観る」ではなく「する」方はどうでしょうか。運動神経に自信があり、身体を動かすのが大好き!という人もいれば、運動が苦手でスポーツを敬遠している人や、加齢による体力の低下や身体障がいのためにスポーツへの参加をあきらめざるを得ない人もいるでしょう。

このように一部の人がスポーツを思うように楽しめない状況を解決しうるとして注目されているのが、「ゆるスポーツ」という新たなスポーツのジャンルです。本記事では、これまでのスポーツの常識を打ち破る、ゆるスポーツの魅力と社会的価値について考えます。

身体能力を問わない、全く新しいスポーツのあり方

ゆるスポーツは、年齢、性別、運動神経や身体的ハンデなどに拘わらず、誰もが楽しめるように考案されたスポーツです。ほふく前進や転がることで移動するため下半身が不自由な人も参加できる「イモムシラグビー」、100㎝をいかに遅く走るかを競う、脚力を問わない超短距離走の「100cm走」…。いずれの種目も身体能力が勝敗を左右しにくい工夫が施されているため、多様な人々が参加し、競い合うことができます。また、ルールや種目名、かわいらしい小道具など、どの種目にもユニークさがあり、勝敗に拘わらず楽しめるのもポイント。まさに「誰一人取り残さない」というSDGsの考え方とマッチする、新しいスポーツの概念です。

ゆるスポーツを生み出したのは、世界ゆるスポーツ協会(以下、協会)の代表を務める澤田智洋氏。澤田氏は過去の取材で、幼少期からスポーツに対する苦手意識があったと話しています。そんな中で日本人のスポーツ離れの現状を知る機会があり、スポーツ業界では自分のように運動が苦手な人が取りこぼされていると認識。これがゆるスポーツを考案したきっかけになったそうです(出典|世界ゆるスポーツ協会・澤田智洋さんが追求するスポーツの可能性 | 日本財団ジャーナル)。そして2015年、「スポーツ弱者を、世界からなくす。」をコンセプトに協会を設立しました。

どんな競技があるの?知りたい!ゆるスポーツの魅力

現在、100以上の種目が開発されているゆるスポーツ。ここでは、「500歩サッカー」という種目を取り上げ、ゆるスポーツの魅力を紐解いていきましょう。

500歩サッカーとは、その名の通り、動ける歩数を500歩までに制限するサッカーです。選手の動きを感知し、残り歩数をリアルタイムで表示する専用の機器を装着して競技を行います。残り歩数が0になった選手は退場しなければいけません。ただし、しばらくその場で休憩していると歩数が回復するというしかけも。協会のWebサイトでは、このことを「休むことでほめられる、愉快なスポーツ」と表現しています。また、走ってしまうと一気に10歩もカウントが減るようになっているため、基本的には全員が歩いてプレーすることに。これらのルールによって、走り続ける体力のない人や、心臓疾患などにより走れない人も、安心して楽しくプレーできるというわけです(出典|500歩サッカー|世界ゆるスポーツ協会)。

本来のサッカーは90分間コートの中を走り続け、時にはプレイヤー同士で衝突しながら、激しく体力を消耗するスポーツです。しかし、サッカーの面白さは身体を激しく動かして競い合うことだけではないはず。フォーメーションを組んでゴールまでうまくボールを進めたり、相手の読みを外してパスを出したり。チームワークや戦術の部分でも大変面白いスポーツです。大胆な制限が設けられた500歩サッカーでは、身体能力による有利不利が限りなくフラットになることで、こうしたサッカーの頭脳戦的な面白さが一層際立ちます。走る速さや持久力の差のせいで負けた、という言い訳が通用しない分、得点をとれるかどうかは戦術にかかってくるからです。考え抜かれた絶妙なルール設定によって、本来のスポーツが持つゲーム性を存分に楽しめること。これが他種目にも共通して言える、ゆるスポーツの魅力です。

スポーツをすべての人に開く意義とは

なぜスポーツにおいて「誰一人取り残さない」という考えが必要なのでしょうか。教育や衛生の問題などと異なり、スポーツをしなくても人は生きていくことができます。元々スポーツが好きな人は楽しんだらいいけれど、嫌いな人に対して環境整備をする必要はないのでは?という意見もあるかもしれません。しかし、スポーツをすべての人が楽しめるようにすることには重要な意義があります。

理由のひとつは、スポーツが社会性を育む機会であるということです。体育の授業で同じチームになった子と仲良くなったり、勝利にこだわって熱くなりすぎて衝突してしまったりした経験はありませんか?対戦相手を思いやり、正々堂々と勝負すること。勝敗を受け入れ、次に向けて前向きに努力すること。チームの仲間と協力して得点や勝利という共通の目標達成をめざすこと。スポーツを通して自然と得られるこうした経験は、集団生活において必要な力を養います。そういう意味では、運動神経や体力などを理由にスポーツを敬遠せざるを得ないという状況は、社会性を育むチャンスが奪われている状況とも捉えられるのではないでしょうか。

さらに、年齢や性別、障がいの有無を問わず一緒にプレーできるゆるスポーツなら、通常のスポーツよりももっと幅広い人々が交流できます。普段の生活では、20代の学生と70代の高齢者が、気を遣わずフラットな立場で交流できる機会はなかなかないでしょう。しかし、スポーツの場でなら、同じ目標に向かって心を通わせることができます。これこそがスポーツの力です。健康寿命が延び、社会で活躍する世代の幅が広がる一方で、IT技術の発展やジェンダー意識の変化等が起こり、世代間の価値観のギャップが広がる現代。多様な人々が活躍し、互いを理解し合いながら暮らすことが求められる今こそ、ゆるスポーツは大変価値のあるコミュニケーション手段ではないかと筆者は考えます。

ゆるスポーツがつくる、明るい地域社会とスポーツの未来

次々と新しい種目が生み出されているゆるスポーツ。中には、地域の伝統や特色を活かした「ご当地ゆるスポーツ」と呼ばれる種目も存在します。

先駆けとなったのは、富山県氷見市発祥の「ハンぎょボール」。もともと氷見市で盛んに行われていたハンドボールに、名産品である魚の「ブリ」の要素を掛け合わせた種目で、脇にブリやその稚魚を模した魚の人形を抱えてプレーします。ボールを持って3歩以上歩く反則を表す「しょわしない」(氷見弁で「せわしない」の意)、ゴールエリアにプレイヤーが踏み込む反則を表す「おーど」(氷見弁で「大雑把」の意)など、方言を使った用語からもご当地種目ならではの温かみが感じられます。ルールを紹介する動画も作られているので、気になった方はぜひこちらからご覧ください。

協会は、2019年、2022年と「ご当地ゆるスポーツアワード」を開催。奇抜なアイデアや地方の魅力が詰まった種目が全国各地で開発され、エントリーされています。世代を超えて一緒にプレーしやすいことが、ゆるスポーツの特徴のひとつ。地域住民の交流イベントでの実施にも向いていることから、ご当地のジャンルは今後さらに盛り上がりを見せることでしょう。

ハンぎょボールは、平成29年度スポーツ庁補助事業として、氷見市と協会がタッグを組んで開発しました。目的は「ハンドボールによる地域ブランディングと、ハンドボールの社会的価値の向上」(出典|世界ゆるスポーツ協会、“ハンぎょボール”を開発|一般社団法人 世界ゆるスポーツ協会のプレスリリース)。これは、ゆるスポーツが既存のスポーツへのアンチテーゼとして存在するのではなく、スポーツ業界をともに盛り上げていける存在だということを示しています。たとえば、運動音痴を理由にスポーツを敬遠していた人が、ゆるスポーツを通してスポーツそのものの魅力に触れることで、体を動かす習慣ができたり、「ゆるくない」競技にも挑戦してみたり、プロの試合を観戦するようになったりするかもしれません。スポーツを楽しむ機会をすべての人に提供して「スポーツ弱者を、世界からなくす。」という目的だけでなく、スポーツ業界の持続可能性の追求においても、ゆるスポーツの貢献度は大きいと考えられます。

ゆるスポーツは、全国各地のスポーツ系のイベント等で体験できます。まだ数は多くないようですが、イベント情報は世界ゆるスポーツ協会のホームページや、Facebookアカウント等で発信されているため、ぜひキャッチしてみてください。スポーツに苦手意識のあるあなたこそ、ハマってしまうかもしれません…!

<参考>