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無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)を、意識的に解消する。多様性に隠れた深刻な格差と向き合う――【国際連合大学 上級副学長 白波瀬佐和子】

なるほど!

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社会における格差や人口変動、家族の在り方などを専門分野とし、国際連合大学 上級副学長・国際連合事務次長補を務める白波瀬佐和子氏。長く日本で課題とされてきたジェンダーの問題や少子高齢化に向き合い続ける白波瀬氏に、現代の社会構造から生じる課題やSDGs推進の重要性についてお話を伺いました。

「課題先進国」と呼ばれる現代日本。その背景にあるのは複雑な社会構造

――さまざまな課題が複雑に絡み合い、山積する日本において、私たちが認識すべき問題点や解決に向けたポイントについて教えてください。

多くの課題が生じているその背景には複雑な社会構造があります。不平等が無い社会の実現は人間社会において長きにわたり議論される難題です。ただ、現代の日本において特に問題視されるべき点は、「自分が積極的に選択していない要因によって、社会的な弱者になってしまう」という状況です。例えば、性別や国籍、家庭の経済状況や生まれ持った体質などは積極的に自分自身で選ぶことができません。こうした個人の選択を超えた事柄が要因で、質の高い教育を受けられなかったり、十分な情報網がなかったり、生活環境が整っていなかったことが、経済的な貧困に陥るリスクを高めます。また、貧困家庭に生まれる子どもが再び貧困に陥る負の循環が生まれ、格差の再生産につながっていきます。

ここ20年ほどで「自己責任」という言葉を聞く機会が増えましたが、その使い方には慎重になるべきです。自己責任とは、自らの行動が原因となった状況に対する責任を指しますが、先に述べたように、多くの社会課題の背景には、個人ではどうしようもない構造的問題が隠れています。自己責任論で片付けることなく、社会構造の変革を促し、不平等是正に向けた努力を続けることが、格差の再生産という負のサイクルを抜け出すための鍵になるでしょう。

社会構造の変革には、「無意識の偏見」を取り除くことが欠かせない

――近年、新型コロナウイルス感染症の流行が社会に大きな影響を与えましたが、コロナ禍による社会変容をどのように捉えていますか。

コロナ禍を経験して明らかになったのは、複雑な社会構造が根っこの部分ではつながっていて、そこでの問題が顕在化したという事実です。例えば、一般的に女性は観光業や飲食業などの人的サービス業に就きやすい傾向にありますが、コロナ禍の外出自粛による影響は、当該業種を直撃しました。特に子育て中の女性は、学校に行けず家にいる子どもの面倒を見るために就業を諦めるなど、全体として女性の就業者数が大きく減少したのです。また、ニューヨークでは貧困層の多いスラム街で、公衆衛生が確保されておらず感染が拡大したという話もあります。新型コロナウイルス感染症の流行というひとつの事象が、ジェンダーや貧困など社会の不平等とつながっており、深刻な社会課題が浮き彫りになりました。

――研究対象の一つとして「少子高齢化」を扱われていますが、この深刻な社会課題の解決に向けて必要なことについて教えてください。

少子高齢化の原因には、継続的な出生率の低下が挙げられます。ある国の人口規模を維持するために必要な合計特殊出生率を人口置換水準とし、その値は2.07であり、それを下回る状況が続くことを少子化と呼びます。日本では1970年代半ばから50年近く少子化が継続しています。特に近年は、若年層が結婚や出産という選択を避けるケースが増えており、少子化に拍車をかけています。ここで重要なのは、「結婚したくない/子どもを産みたくない」わけではなく、「結婚したいけどできない/子どもを産みたいけど産めない」という消極的選択を強いられている状況にあります。要因の一つは経済的事情であり、その背景には労働市場における構造的問題があります。例えば、既婚女性の多くは低賃金のパートで働いていますが、そこには扶養制度に係る収入制限とも無関係ではありません。日本で連綿と続いてきた性別役割分業に基づく制度が、キャリアと子育ての両立を望む若年層のニーズとミスマッチを起こしており、これが消極的選択につながっているのです。

性別役割分業に基づく社会構造の変革には、アンコンシャスバイアス(無意識に持っている偏見)を意識的に、つまり「コンシャス」に変えていくことが大切です。アンコンシャスバイアスは誰もが持っているもので、たとえば「奥さん」や「主人」という呼び方や、男性が「家事を手伝う」などの表現に表れます。こうしたアンコンシャスバイアスの解消は、お互いに気づいたときに指摘し合って改善していくしかありません。社会に染みついてしまった偏見を一人ひとりが意識的に取り除くことが、社会変革への大きな一歩になるのです。

「積極的格差是正」で誰一人取り残さない社会をめざす

――SDGsの達成期限である2030年までは残り7年半ほど。ちょうど折り返しの時期を迎えましたが、SDGsについてはどのようにお考えでしょうか。

私たち、社会学者の視点で見るとSDGsで言及されている内容は、これまでから研究され続けてきたテーマばかりです。17のゴールはどれも根底ではつながっており、複雑な社会課題を成しています。ただ、それをわかりやすく整理して具体的な目標として掲げ、発信した点がSDGsの功績ではないでしょうか。そして、私が着目しているのは「誰一人取り残さない」というメッセージです。17のゴールで言及されている社会課題のそれぞれはマクロなものですが、メッセージ自体は一人ひとりの幸せに焦点を当てるミクロな視点で語られたものです。これが非常に大切な考え方だと私は思います。

最近は、「ダイバーシティ」や「インクルージョン」という言葉がよく使われるようになりました。ダイバーシティといえば、多様な人々が存在するイメージを思い浮かべがちですが、多様性に隠れた深刻な格差に向き合うことが何よりも重要です。「多様な人々」の中には当然、社会的弱者・マイノリティも含まれています。その立場に置かれた人々とマジョリティとの間にある格差を認識し、積極的に是正していくことが、インクルーシブな「誰一人取り残さない」社会の実現には欠かせません。

――社会課題の解決に向けて、今後は「積極的格差是正」が重要なキーワードになるのでしょうか。

そうですね。近年、管理職や政治家などにおける女性比率の低さを改善する施策として、一定数の女性枠を設けるという積極的格差是正措置について議論される機会が増えました。一連の取り組みに対し、「今までのポストが無くなってしまう」「不公平だ」などの批判的な意見も出ていますが、これまでの状況は特定のジェンダーが下駄を履かされてきた結果にほかなりません。特別枠を設けるという現在の事象をピンポイントで見ると不公平と言えるかもしれませんが、長い目でみて、より良き未来を目標に見据えると、このような対策を展開する意味がおのずとみえてきます。

中長期的に目指すべき共通ビジョンを確認して、社会構造の変革に積極的に取り組むこと。それが、複雑な社会課題を解決していくための鍵になると考えます。

掲載誌

今回のインタビューは、東洋経済新報社と株式会社WAVEが制作した「東洋経済ACADEMIC SDGsに取り組む大学特集 Vol.5」に掲載されています。

東洋経済ACADEMIC SDGsに取り組む大学特集 Vol.5
「閉」から「開」へ SHIFT2030 SDGsで社会の意識をシフトする

2015年の「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」採択から8年の時が経った現在。パンデミック等を引き金にナショナリズムが高まり、世界の分断が進んでいます。現状を打開する鍵の一つといえるのが、SDGs。大学のサステイナブルな取り組みを特集してきた本シリーズの第5弾では、いよいよ「2030アジェンダ」の中間地点を迎えた今、大学に求められているアクションを探るとともに、2030年以降のSDGsの概念がどう継続・変化していくかに注目します。それに伴い、大学の動きはどう変わり、未来のためにどのような行動をとるべきなのか。この先を見据えた大学の取り組みをレポートします。